共産党がコントロールする中国メディアに、機密情報の漏えいやリークによるスクープ記事はあり得るのか。われわれ自由主義社会と異なる中国社会では、国家機密情報の漏えいは死刑にも値する犯罪である。かの国のメディアの「常識」を、ジャーナリストの富坂聡氏が指摘する。
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ウィキリークスの暴露事件に関し、中国のメディアは概して冷静である。それはウィキリークスが暴露した情報の中に、中国の外交を揺さぶるような内容が含まれていないということがあるのかもしれない。
もちろん、たとえウィキリークスの中に中国の機密情報が含まれていたとしても、当局の厳格な規制でメディアに流れることはない。
中国の新華ネットに「アサンジ」「ウィキリークス」の文字を入れると4902件の記事が検出される。12月20日付の記事は〈アサンジが次のターゲットに定めたのはアメリカの銀行〉、〈アメリカの副大統領がアサンジに対して法的措置を検討〉など18件みつかるが、どれも中国には関係のないもので、ストレートニュースである。報道全体から受ける印象は、伝えてはいるが盛り上がってはいないということになるのだろう。
このある種「冷めた反応」は、記者の持つ文化の違いにある。中国の記者には、そもそも「暴露」記事を書くことへの動機をあまり強く持っていない。それは権力との距離感からくる違いである。
例えば、中国の記者は概して、自国の首相であろうと平気で叩く日本メディアの報道姿勢に対して否定的な反応を示す。「自国のトップを貶める意味が分からない」というのだ。
※SAPIO2011年1月26日号