誰しも人生の円熟期は心穏やかに過ごしたいと願っている。しかし、介護生活には思いも寄らないトラブルがあちこちに潜む。
介護現場で深刻な問題になっている「高齢者虐待」を告白するのは、Aさん(60代男性)である。
「失禁してズボンをビショビショにしたまま佇んでいる妻の姿を見て、思わず“何やってるんだ!”と手が出てしまった。叩いた後に、妻の痛がる声でハッと我に返りました」
還暦を過ぎた頃から認知症を患った同い年の妻を、自宅で一人で介護してきた。夫の顔もわからなくなってしまった妻に苛立ち、暴力を振るってしまったという。
高齢者への虐待は増え続けている。厚労省によれば、2006年には1万2569件だったが、2009年度は1万5691件。虐待者は、息子が最も多い41%、続いて夫の18%と、男性が半数以上を占めている。
「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」事務局長の津止正敏・立命館大学教授(地域福祉論)はこう指摘する。
「男性は介護を完璧にこなそうとして根を詰める傾向があり、周囲に相談せずに、一人で悩みを抱え込む。思い詰めて、手が出てしまうことが多い」
Bさん(60代男性)は、定年退職すると、意気込んで80代の母親の介護に取り組んだ。システムエンジニアだった経験を生かし、便の回数や量、色をエクセルデータ化して、体調を管理した。当初は、「ヘルパーより、俺のほうがしっかり介護できる」と元同僚に自慢げに話していたが、1年経つ頃にはゲッソリと頬がこけ、「母親を殺して、俺も死にたい」と漏らすほど憔悴し、ついには手を上げてしまったという。
※週刊ポスト2011年2月18日号