心の準備もできず、愛する人に別れの言葉もいえずに突然の死を迎えざるを得ないのが、くも膜下出血の厄介なところである。発生メカニズムや危険因子など、明らかになりつつあるこの病魔の正体は、現代人なら常識として知っておかねばならない。
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昨年4月2日、読売ジャイアンツの木村拓也コーチが広島市民球場のグラウンド上で突然倒れた。応急処置を受ける彼を心配そうに取り囲んでいた選手たちの姿はまだ記憶に新しい。手術の甲斐なく、木村コーチは同月7日に37歳の若さで死亡。死因であるくも膜下出血の恐ろしさが日本で広く知られるきっかけとなった。
脳卒中のうち、脳の血管が詰まる脳梗塞、脳の血管が破れる脳出血に対し、主に脳動脈瘤の破裂が原因で起こるくも膜下出血は、脳梗塞・脳出血よりも発症の平均年齢が低く、30~40代に大きなピークを迎えるのが特徴だ。働き盛りの大黒柱を突然失えば、残された家族の打撃は計り知れない。また日本では患者の男女比は1対2で意外にも女性のほうが多く、若くして妻に先立たれる男性のケースも少なくない。
1960年代以降、脳卒中の主役だった脳出血が現在では全体の25%程度と減少の一途をたどる一方、脳梗塞は60%以上と多くを占めるようになった。さらにくも膜下出血(約10%)も近年じわじわとその数を増やしている。08年には国内で約1万4000人が亡くなっている。
存在感を高めつつあるくも膜下出血の原因から最新治療法までを解説した『「くも膜下出血」のすべて』(小学館101新書)が今月発売された。著者の堀智勝氏は、東京・西葛西の森山記念病院名誉院長を務め、長年くも膜下出血治療の最前線で活躍してきた脳神経外科の権威である。
「くも膜下出血の恐ろしさは、突然バットで殴られたような激しい頭痛が起こり、半数近くの方が即死する点です。仮に助かっても、そのうち半数の人に重い後遺症が残ります」
脳を覆っている軟膜とくも膜との間にあるくも膜下腔には脳脊髄液が循環しており、脳に酸素と栄養を供給するための動脈が張り巡らされている。この動脈に瘤ができ、破裂して出血すると一気にくも膜下腔に広がり、頭蓋内圧が高まることで激しい頭痛が引き起こされる。
「頭痛が起こる」「片方の瞳孔が拡大する」「ものが二重に見える」などの前駆症状が出る場合もあるが、ほとんどが前ぶれなしに発症する。木村コーチは、発症の前夜に頭痛が訪れた稀なケースだった。
※週刊ポスト2011年2月25日号