広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が逸材と太鼓判を押すのが柳家三三(さんざ)である。
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現代の若手実力派は型破りな落語家だけではない。気難しい「落語通」をも唸らせるような、伝統的な古典落語の名手もいる。その筆頭が、柳家三三。誰もが認める「若手本格派の大器」だ。
三三は現在36歳。1993年に柳家小三治に入門し、2006年に真打昇進する頃には既に「将来の落語界を背負って立つ逸材」といわれていた。最大の魅力は、その「口調の良さ」だ。聴き心地が良く、キレもある。落語に「伝統話芸」としての味わい深さを求める観客には、最も好まれるタイプの演者である。
端正な三三の語り口は、とりわけ人情噺や怪談噺など、高度な話芸のテクニックを必要とする演目において真価を発揮する。
江戸から明治にかけて活躍した「落語界最大の巨人」初代三遊亭圓朝。彼が創作した『真景累ヶ淵』『怪談牡丹灯籠』『文七元結』といった人情噺の数々は、後世の落語家にとって、話芸のテクニックを問われる「試金石」のような意味合いを持つことになった。その圓朝作品を、三三は実に見事に語ってみせる。
口調が良い、語り口が端正というだけでは「落語が上手い」ということにはならない。落語家が高座で描き出す世界に観客が自然に引き込まれてしまい、我を忘れる。それが「落語が上手い」ということだ。
かつての三三には「自分の言葉」が欠けていた。だから、口調の良さが必ずしも落語の面白さに結びつかないこともあった。だが、彼は今、独自の演出で「自分の落語」を確立させる段階に入ってきた。
三三は落語が大好きで、実に研究熱心だ。彼が今まで「上手い」と絶賛されてきたのは、まだ「三三伝説」の序章に過ぎない。彼はこれから大きく飛躍する。その過程をリアルタイムで追えるのだからラッキーだ。「進化する若手本格派」柳家三三に、ぜひご注目いただきたい。
※週刊ポスト2011年2月25日号