学生時代、早大野球部に在籍していたが、腕前は捕手10人中10番目。それでも、いつかは野球の仕事に就きたくて……卒業後も会社勤めの傍ら、アマチュア野球観戦で全国を飛んで、チャンスを探っていた。そんな安倍昌彦氏が40歳を過ぎて巡りあったのが雑誌『野球小僧』(白夜書房刊)のライター業。そして2000年、アマチュア有望投手の球を直に受け、その「球の味」を文章に認める人気連載をスタートさせる。人呼んで「流しのブルペンキャッチャー」。本誌初登場の今回は、注目の「斎藤世代」を一刀両断!
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熱さ、強さなら、「コイツっ!」ってヤツが横浜・小林寛投手(大阪学院大)だ。
ドラフト4位だから、まだ誰も知らない。新聞もテレビも、まだ気がついていない。隠しダマというやつだ。誰も知らないのに、やってのけてきたことは、ちょっとすごい。1年生の頃から、とにかく一人で投げてきた。
通算35勝。4年間で取りまくった三振390はリーグ歴代2位。1シーズン112奪三振はリーグ新記録になった。MVPにも最優秀投手にも推されて、関西学生球界を代表する本格派にのし上がった。
なのに、なぜ4位。全国の舞台で、実力を証明できなかったのが大きかった。ドラフトの順位は必ずしも、その実力に比例しない。「格」がモノを言う世界でもある。
スタンドから見ていた小林投手、きっと汗飛び散らかして、力任せにガンガン投げていくような、トンがったヤツ。そんなふうに見えていた。
ところが、ドッコイ。ピッチャーは会って見なくちゃ、受けてみなくちゃわからない。
汗飛び散らかして、ガンガン投げていく……ここまでは想像通り。ところが、そんな剛球が右打者のアウトロー、打者からいちばん遠いポイントにビシビシきまるのだ。
145キロ前後が、アウトローへの9球続くすばらしいコントロール。それも、ホームベースの上で、さらに加速してくるような生命力のこもったストレート。
パワーもすごいが、ボディーバランスがもっといい。こっちに向かってふっ飛んでくるボールの向こうで、小林投手の巨体がぐぐっとズームアップしてくる。
「あんまり人を信用するなってことも、教わってきてるんで」
こんなこと口にした学生さん、初めて出会った。
これなら、勢いに任せたそそっかしいヘマも回避しながら生き残っていくだろう。用心深さは、ピッチャーのインテリジェンスだ。横浜・小林寛投手、今年の新人王レースの伏兵として、秘かに期待している青年なのだ。
■あべ・まさひこ/1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院を経て、早稲田大学に。同大野球部で捕手として大学2年までプレー後、3、4年時は早稲田大学高等学院で監督を務める。卒業後、サラリーマン生活を送った後に、スポーツジャーナリストに。
※週刊ポスト2011年3月4日号