中央大学では、学部の枠を超えて学問的ニーズの高い分野を体系的に学ぶプログラムを開講している。長年、テレビ朝日の政治記者として鳴らした特任教授・末延吉正氏の「政治とジャーナリズム研究」もその一つ。受講者は2~3年生約30人で、その多くがマスコミ志望。そこでは『ハーバード白熱教室』で話題のマイケル・サンデル教授の講義に劣らぬ激しいディベートが展開されていた。
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末延:「政府が『尖閣ビデオ』を公開していれば保安官の告発はなかった。米軍がイラクで無辜(むこ)の民を殺した映像も、既成メディアが情報の隠蔽に関わったのではないかと疑った米政府内の人が告発に関与したんじゃないのかな」
否定派A:「内部告発によって、国民が知らなかった情報を得るというのは、基本的にはいいことだろうけど、内部告発という手法は好ましくない」
肯定派B:「『尖閣ビデオ』の海上保安官は、40代で妻子持ち。やむにやまれず首を覚悟してやったんだと思う」
否定派C:「政府の対応が悪かったのは確かだが、でもそれで彼の内部告発が正当化されるとは思わない。もっと他の方法があったのではないか」
否定派D:「ウィキリークスや海上保安官の情報は信頼できるのだろうか」
肯定派E:「既成メディアの情報もネット情報も、正しいかどうかは、見る側が判断するしかないんだ」
否定派C:「でも内部告発がどんどん出てきて、それを元に既成メディアが情報を流すようになったとする。最初の告発に嘘が混じっていたら、誰が責任を取るのか」
肯定派と否定派の形勢はほぼ互角。だが、ある発言が物議を醸し、末延氏が色をなす場面も。
末延「『尖閣ビデオ』事件は、ミスジャッジしている政府を許せないという状況下で起きた。それでも内部告発を否定するのかな。国民は本当のことを知ってどうしていけないの?」
否定派C:「本当のことを全て知るのが正しいとは思わないですね」
末延「国民は騙されて生きていろということ?」
否定派C:「知ったとしても、それを国民が全て正しく判断できるとは限らない」
末延「それは愚民論じゃないか。そういうのを上から目線というんだ(と声を荒らげる)。僕は内部告発は民主主義の補完作用として認めていいと思っている」
教室内は一瞬、静まり返る。が、否定派はひるまない。
否定派A「だからといって内部告発が常態化されるのはよくない。あくまで緊急避難的なものであるべきだ。情報管理とか公開のルールをしっかり確立することの方が大事」
肯定派E:「愚民論の話が出たけど、国民は馬鹿じゃない。内部告発があったら、既成メディアの情報と同様に冷静に中身をチェックすればいい」
末延氏が意見をまとめる。
末延「僕はこの議論はどちらの側にも理があると思う。大事なことは、社会がどういう状況なのか、組織のガバナンスや政治が機能しているのか、ということと深く関係しているということだ。情報の管理は確かに必要だ。内部告発が常態化するのはノーマルじゃない。だからといって内部告発を全否定することは、われわれ自身の首を絞めることにならないだろうか」
※SAPIO2011年3月9日