ライフ

文壇最長老 最後の本は「めんどくさい」「興味ない」の連呼

【書評】『天皇さんの涙 葭の髄から・完』(阿川弘之著/文藝春秋/1500円)

【評者】
関川夏央(作家)

 * * *
 歯医者の待合室の雑誌に旧知の高峰秀子が出ていた。婦人記者が質問しても、「高峰さんの受け答へはぶつきらぼうそのもの、『インタビューなんかいやだ』、『めんどくさい』、『興味ない』、突きつめればそれを繰返してゐるだけ」、しかし老いた身にはその心情がよくわかる。
 
 阿川弘之は、1997年夏から2010年秋まで「文藝春秋」の巻頭随筆を担当した。1996年春まで、司馬遼太郎が「この国のかたち」として10年間書いた欄だが、その単行本化4冊目である。原稿に憂いの色が濃いのは、やむを得ない。天人だって年をとれば五衰するし、近年の日本が日本だ。

「平和国家ってのは、夢中で戦争を研究する国なんですよ。健康であろうと思ったら、病気を研究するのと同じ」
「海洋国たる日本は、海洋発展をなすべきであつて、大陸発展をなすべきではない」
「ナニ、忠義の士というものがあって、国をつぶすのだ」
 
 本文中に阿川先生が引用した言葉だ。最初のは山本七平、つぎはミズーリ艦上の降伏式に臨んだ横山一郎海軍少将、最後は勝海舟。

「お遊戯だつて何だつて、仲よくやつてるわよ。ただ、皆さんお年寄りなんでね。物忘れはひどいし、同じ話を何遍でもなさるし」
 
 こちらは、介護施設に入っておられる阿川先生の兄嫁、99歳の言葉。とてもお元気だが、亡夫の名前は忘却された。
 
 当初、文春社長はこの欄を「蓋棺録」まで書けといった。死ぬまでという意味だが、森光子と同年の1920年生まれ、文壇現役最長老である阿川先生もさすがに疲れて、2010年秋、満90歳を前に筆を擱くことにした。
 
 先生も、この本で、「めんどくさい」「興味ない」を繰り返しているだけに見える。しかし、2010年暮れに亡くなった高峰秀子のインタビューとおなじく、やはり「名品」であろう。先人の言は聞くべし。戦中派の重たいユーモアは記憶すべし。

※週刊ポスト2011年3月11日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

田村瑠奈被告(右)と父の修被告
「ハイターで指紋は消せる?」田村瑠奈被告(30)の父が公判で語った「漂白剤の使い道」【ススキノ首切断事件裁判】
週刊ポスト
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
暴力団幹部たちが熱心に取り組む若見えの工夫 ネイルサロンに通い、にんにく注射も 「プラセンタ注射はみんな打ってる」
NEWSポストセブン
10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
宇宙飛行士で京都大学大学院総合生存学館(思修館)特定教授の土井隆雄氏
《アポロ11号月面着陸から55年》宇宙飛行士・土井隆雄さんが語る、人類が再び月を目指す意義 「地球の外に活動領域を広げていくことは、人類の進歩にとって必然」
週刊ポスト
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン