チュニジア、エジプトを皮切りに、独裁政治の打倒を求める若者たちのデモが中東、そして世界各地に飛び火している。
人類の歴史は権力の奪い合いの歴史でもあった。こういった現象は、決して珍しいことではない。ただし、この半世紀ほどの間に繰り返されてきた政変劇とはかなり様相が違っている。そう考える理由として、アメリカの存在感が希薄であることを挙げたいと落合信彦氏は指摘する。
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スーパーパワーとしてのアメリカが健在だった時代は、各国で起きた政変が好ましく内方向進んだ場合に対しての介入や、時には政権転覆も可能だった。あるいは周辺諸国に親米国家を打ち立て、「ドミノ防止」の策を講じることができた。
だが、それだけの力が今のアメリカにはない。
オバマ大統領にとってさらに頭が痛いのは、デモが表向きは「民主化」という旗の下に続けられていることである。
今回の中東での政変ドミノは、中国とロシアにとっても他人事ではない。中国は、国内にウイグル族などのイスラム教少数民族を抱えているし、ロシアはカフカス地方でイスラム過激派との武力衝突を繰り返してきた。
しかし、この2か国にとって、まだ問題はアメリカほど深刻ではない。
中国は共産党による一党独裁政治であり、ロシアは言論の自由を封殺する強権政治が行なわれている国だ。その意味では民主化を求める声を「鎮圧」することで、彼らの行動原理には、何の矛盾も生じない。
アメリカの場合、そうはいかない。自由と民主主義という理想を高らかに掲げる国が、露骨に民主化の動きに釘を刺すことはできない。しかも、中東の若者たちは、ムバラクと良好な関係を続けていたアメリカの介入に対して、嫌悪感を示すだろう。カイロ演説で「かつて民主的に選出されたイラン政権をアメリカが転覆させた」と認めてしまったオバマが、水面下でCIAによる工作を積極的に進めることも難しい。
そもそも第2次大戦後のアメリカは中東において大きな「矛盾」を抱える外交・安全保障政策を進めていた。友邦国であるイスラエルを守るために、選挙で選ばれたイスラム原理主義政権よりも、親米的な独裁政権との関係を深めてきた。ムバラク政権もその一つである。
民主主義国家のアメリカが独裁政権と手を結ぶこの“ダブル・スタンダード”はアメリカの凋落により維持できなくなってきた。よって今回の政変はドミノとなり、中東で次々にイスラム原理主義国家や反米的な軍事政権が生まれる事態に発展する可能性がある。
60年以上にわたって続いてきた矛盾のツケが、全てオバマの喉元に突き付けられることになるのだ。
それにしても、自由の国・アメリカの凋落を白日の下に晒し、窮地に追い込む反政府デモ拡散の媒介となったのが、アメリカ人の自由な発想が生み出した「フェイスブック」であったことは皮肉と言うほかない。そんなアメリカに代わりうる存在は、残念ながら今のところ見当たらない。指導力を発揮する大国が存在しなければ、その先には巨大なケィオス(混沌)が待っている。
中東の地図を一目見れば、国境が直線ばかりであることがわかるだろう。かつて欧米列強が、石油利権分割だけを考えて機械的に地図上に線を引いていったからそうなっている。国境をまたいで生活している部族たちの存在は無視されてきた。
アメリカの不在は、各国において国内での部族間の争いや、国境線上での領土の争いさえ誘発しかねない。動乱がサウジに飛び火して混乱が広がれば、イスラム教の2大聖地であるメッカとメディナの奪い合いが、スンニ派とシーア派の間で起こるだろう。西暦632年にムハンマドが死んでから、1400年近く続いている争いの根深さを甘く見てはならない。
革命に酔う者たちは、簡単には冷静になれない。原油と宗教を巡り長い争いの歴史を続けてきた憎しみの大地が、再びケィオスに陥る瀬戸際にあることを認識すべきなのだ。
※SAPIO2011年3月30日号