国際情報

米が望まぬ中東ドミノの陰にFacebookの皮肉と落合信彦氏

チュニジア、エジプトを皮切りに、独裁政治の打倒を求める若者たちのデモが中東、そして世界各地に飛び火している。

人類の歴史は権力の奪い合いの歴史でもあった。こういった現象は、決して珍しいことではない。ただし、この半世紀ほどの間に繰り返されてきた政変劇とはかなり様相が違っている。そう考える理由として、アメリカの存在感が希薄であることを挙げたいと落合信彦氏は指摘する。

* * *
スーパーパワーとしてのアメリカが健在だった時代は、各国で起きた政変が好ましく内方向進んだ場合に対しての介入や、時には政権転覆も可能だった。あるいは周辺諸国に親米国家を打ち立て、「ドミノ防止」の策を講じることができた。

だが、それだけの力が今のアメリカにはない。

オバマ大統領にとってさらに頭が痛いのは、デモが表向きは「民主化」という旗の下に続けられていることである。

今回の中東での政変ドミノは、中国とロシアにとっても他人事ではない。中国は、国内にウイグル族などのイスラム教少数民族を抱えているし、ロシアはカフカス地方でイスラム過激派との武力衝突を繰り返してきた。

しかし、この2か国にとって、まだ問題はアメリカほど深刻ではない。

中国は共産党による一党独裁政治であり、ロシアは言論の自由を封殺する強権政治が行なわれている国だ。その意味では民主化を求める声を「鎮圧」することで、彼らの行動原理には、何の矛盾も生じない。

アメリカの場合、そうはいかない。自由と民主主義という理想を高らかに掲げる国が、露骨に民主化の動きに釘を刺すことはできない。しかも、中東の若者たちは、ムバラクと良好な関係を続けていたアメリカの介入に対して、嫌悪感を示すだろう。カイロ演説で「かつて民主的に選出されたイラン政権をアメリカが転覆させた」と認めてしまったオバマが、水面下でCIAによる工作を積極的に進めることも難しい。

そもそも第2次大戦後のアメリカは中東において大きな「矛盾」を抱える外交・安全保障政策を進めていた。友邦国であるイスラエルを守るために、選挙で選ばれたイスラム原理主義政権よりも、親米的な独裁政権との関係を深めてきた。ムバラク政権もその一つである。

民主主義国家のアメリカが独裁政権と手を結ぶこの“ダブル・スタンダード”はアメリカの凋落により維持できなくなってきた。よって今回の政変はドミノとなり、中東で次々にイスラム原理主義国家や反米的な軍事政権が生まれる事態に発展する可能性がある。

60年以上にわたって続いてきた矛盾のツケが、全てオバマの喉元に突き付けられることになるのだ。

それにしても、自由の国・アメリカの凋落を白日の下に晒し、窮地に追い込む反政府デモ拡散の媒介となったのが、アメリカ人の自由な発想が生み出した「フェイスブック」であったことは皮肉と言うほかない。そんなアメリカに代わりうる存在は、残念ながら今のところ見当たらない。指導力を発揮する大国が存在しなければ、その先には巨大なケィオス(混沌)が待っている。

中東の地図を一目見れば、国境が直線ばかりであることがわかるだろう。かつて欧米列強が、石油利権分割だけを考えて機械的に地図上に線を引いていったからそうなっている。国境をまたいで生活している部族たちの存在は無視されてきた。

アメリカの不在は、各国において国内での部族間の争いや、国境線上での領土の争いさえ誘発しかねない。動乱がサウジに飛び火して混乱が広がれば、イスラム教の2大聖地であるメッカとメディナの奪い合いが、スンニ派とシーア派の間で起こるだろう。西暦632年にムハンマドが死んでから、1400年近く続いている争いの根深さを甘く見てはならない。

革命に酔う者たちは、簡単には冷静になれない。原油と宗教を巡り長い争いの歴史を続けてきた憎しみの大地が、再びケィオスに陥る瀬戸際にあることを認識すべきなのだ。

※SAPIO2011年3月30日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

10月には10年ぶりとなるオリジナルアルバム『Precious Days』をリリースした竹内まりや
《結婚42周年》竹内まりや、夫・山下達郎とのあまりにも深い絆 「結婚は今世で12回目」夫婦の結びつきは“魂レベル”
女性セブン
騒動の発端となっているイギリス人女性(SNSより)
「父親と息子の両方と…」「タダで行為できます」で世界を騒がすイギリス人女性(25)の生い立ち 過激配信をサポートする元夫の存在
NEWSポストセブン
宇宙飛行士で京都大学大学院総合生存学館(思修館)特定教授の土井隆雄氏
《アポロ11号月面着陸から55年》宇宙飛行士・土井隆雄さんが語る、人類が再び月を目指す意義 「地球の外に活動領域を広げていくことは、人類の進歩にとって必然」
週刊ポスト
九州場所
九州場所「溜席の着物美人」の次は「浴衣地ワンピース女性」が続々 「四股名の入った服は応援タオル代わりになる」と桟敷で他にも2人が着用していた
NEWSポストセブン
初のフレンチコースの販売を開始した「ガスト」
《ガスト初のフレンチコースを販売》匿名の現役スタッフが明かした現場の混乱「やることは増えたが、時給は変わらず…」「土日の混雑が心配」
NEWSポストセブン
希代の名優として親しまれた西田敏行さん
《故郷・福島に埋葬してほしい》西田敏行さん、体に埋め込んでいた金属だらけだった遺骨 満身創痍でも堅忍して追求し続けた俳優業
女性セブン
佐々木朗希のメジャーでの活躍は待ち遠しいが……(時事通信フォト)
【ロッテファンの怒りに球団が回答】佐々木朗希のポスティング発表翌日の“自動課金”物議を醸す「ファンクラブ継続更新締め切り」騒動にどう答えるか
NEWSポストセブン
越前谷真将(まさよし)容疑者(49)
《“顔面ヘビタトゥー男”がコンビニ強盗》「割と優しい」「穏やかな人」近隣住民が明かした容疑者の素顔、朝の挨拶は「おあようございあす」
NEWSポストセブン
歌舞伎俳優の中村芝翫と嫁の三田寛子(右写真/産経新聞社)
《中村芝翫が約900日ぶりに自宅に戻る》三田寛子、“夫の愛人”とのバトルに勝利 芝翫は“未練たらたら”でも松竹の激怒が決定打に
女性セブン
天皇陛下にとって百合子さまは大叔母にあたる(2024年11月、東京・港区。撮影/JMPA)
三笠宮妃百合子さまのご逝去に心を痛められ…天皇皇后両陛下と愛子さまが三笠宮邸を弔問
女性セブン
胴回りにコルセットを巻いて病院に到着した豊川悦司(2024年11月中旬)
《鎮痛剤も効かないほど…》豊川悦司、腰痛悪化で極秘手術 現在は家族のもとでリハビリ生活「愛娘との時間を充実させたい」父親としての思いも
女性セブン
田村瑠奈被告。父・修被告が洗面所で目の当たりにしたものとは
《東リベを何度も見て大泣き》田村瑠奈被告が「一番好きだったアニメキャラ」を父・田村修被告がいきなり説明、その意図は【ススキノ事件公判】
NEWSポストセブン