広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が「感動」を味わいたい人に勧めるのが、立川談春である。
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古典落語の大ネタの数々で大観衆を魅了する「平成の名人」候補、立川談春。彼は現代の落語人気を象徴する落語家だ。
21世紀に入り、それまで落語というジャンルに興味を持っていなかった新たなファン層が、大量に落語の世界に流入してきた。いわゆる落語ブームとは「落語という未知のエンターテインメントの発見」であった。
新世代の落語ファン層の中核を成していたのが、エンターテインメントに対して貪欲な20~40歳代の「妙齢の女性たち」である。彼女らは、演劇を楽しむのと同じ感覚で、落語のライヴに足を運んだ。
そこで彼女らが発見したのは、「落語が与える感動」だった。
女性に限らず、現代のエンターテインメントにおいて、観客が最も求めているのは「感動」である。現代の落語ファンの最大の特徴は、「落語に感動を求める」ことにある。
その、現代の観客の「感動させてくれ!」という要求に、最もストレートに応える演者が、立川談春だった。彼は、古典落語の大ネタが与える「ドラマティックな感動」を、個性的な台詞回しと卓越した話芸のテクニックで鮮烈に表現し、落語という芸能の奥深さを知らしめた。
落語の真髄は人情噺よりも滑稽噺にこそある。そして、僕は談春の滑稽噺のバカバカしさをこよなく愛している。しかし、落語の世界に現代の観客を誘う「入り口」として、談春が『文七元結』『妾馬』『芝浜』『紺屋高尾』といった人情噺で与えたドラマティックな感動が、重要な役割を果たしたのは間違いない。
1984年に17歳で立川談志に弟子入りした談春は、キレのいい口調と骨太の芸風で二ツ目時代から「大器」と評されていたが、後輩の志らくに真打昇進で先を越されるなど、長く不遇の時代を過ごした。大きく飛躍したのは、21世紀に入ってからだ。
卓越したテクニックに内容が伴い、真のスケールの大きさを示すようになった談春は、入門20周年に当たる2004年を節目として快進撃を開始、新たに落語に興味を持って流入してきた新規の客層を魅了した。
談春は、伝統芸能としての「話芸の粋」を体現する落語家だ。「名人」候補、と言われる理由はそこにある。
※週刊ポスト2011年3月18日号