2年前の政権交代の契機となった「消えた年金」問題が、今度は菅政権の息の根を止める問題に発展している。専業主婦の年金切り替え漏れ救済策(運用3号問題=会社員の妻ら国民年金の第3号被保険者が、夫の退職・転職などで資格を失った後も届け出ず、保険料を納めていないことへの救済策)を巡って細川律夫・厚労相の責任論が噴出し、違法献金疑惑で外相を辞任した前原誠司氏に続くドミノ辞任劇が迫る。
年金問題の根本的な原因は、いずれも年金官僚たちの傲慢さにある。本誌が1月28日号でスクープした「消えた年金がまた消えた」のその後を追跡すると、国民を愚弄する彼らの性根が見えてくる。
懸案となっているのは、社会保険庁(現在は日本年金機構)のミスで記録を消された「脱退手当金(結婚前などに短期間働いていた60代以上の女性が主な対象で、勤務期間に納付した保険料が払い戻される仕組み。全国で約8000人が払い戻しを受けていないとされる)」の払い戻し手続き。
その手順は、まず、該当する保険料納付者が年金機構に申請を出す。その後、年金機構が必要書類を揃えた上で総務省に転送し、最終的に総務省が支払いの是非を決定する、という流れである。
ところが、厚労・総務両省の省益争いによって、転送作業は昨年9月から約4か月以上ストップし、申請は年金機構で店晒しにされた。この事実を本誌が質すと、両省は大慌てで本誌記事が発売される2日前(1月12日)に「転送開始」を発表したのだった。
ところが、彼らの恭順の意はポーズに過ぎなかった。
年金事務所に申請があった「脱退手当金」の事案は約4200件。ところが、「転送開始」を発表した1月12日以降、厚労省から総務省に転送された申請は300件程度。全体の1割にも満たないのだ。
「転送拒否」が解除されたのだから、続々と総務省に申請が殺到しているはずなのだが、なぜそうはならなかったのか。
理由を調べると、これまた開いた口が塞がらない。 年金確認に関わる総務官僚が明かす。
「転送が始まれば人手不足になるのは避けられないので、慌てて社労士を増員した。なのに、申請書類は全然回ってこないので拍子抜けしています」
総務省の拒否を口実に、厚労省は必要書類を揃える作業を怠っていたのだ。
本誌が1月にこの問題を指摘した時点で、厚労省は「(転送する)準備は整っているが、運用のゴーサインが出ていないとご理解ください」(年金局事業管理課)と、いかにも“悪いのは総務省で、われわれは被害者”という口調だった。あれは嘘だったのか。
改めて質した。回答したのは日本年金機構の井上誠一・事業企画部長だ。
――手続きが始まったのに、転送された申請が1割に満たない理由は。
「人手不足だからです」
――しかし、申請が始まったのは昨年の9月。十分に時間はあった。その間、年金機構は何もしていなかったのではないか。
「年金事務所は脱退手当金だけを扱っているわけじゃないんですよッ」
そう開き直った。
サボり体質といえば、旧社会保険庁の悪しき伝統文化で、“手続きが面倒だから未納にしよう”“調べるのは億劫だから、適当に納付記録を作る”といった小学生レベルのメンタリティで国民の年金を次々と消し、自分たちは年金資金にまで手を付けて宴会やゴルフに興じた。これが「消えた年金」問題の構造である。
昨年1月に社会保険庁は解体され、日本年金機構へと改編されたが、「サボり文化」はそっくりそのまま引き継がれているのである。
「年金博士」こと社会保険労務士の北村庄吾氏が極めて重要な指摘をする。「日本の年金制度は、保険料の“納め損”が生まれることを前提として設計されている。だから、年金官僚たちは年金をもらえない国民を前にしても何とも思わないし、自分たちの懐に入ったカネは、絶対に国民に返そうとしない。脱退手当金問題にしても運用3号問題にしても、自分たちの怠慢で生じた問題なのに、あらゆる理屈を駆使して返還を逃れようとしているのです」
問題が発覚するたびに年金官僚たちは反省と謝罪を口にしてきたが、その陰で「どうせ年金のことは国民も政治家も分からない。俺たちが決めればいい」と舌を出している。この腐りきった性根を見逃すわけにはいかない。
●取材/福場ひとみ(ジャーナリスト)
※週刊ポスト2011年3月25日号