全長20メートルの船内には大男ばかりで、寝床は縦180センチ×横60センチ×高さ80センチしかなく、エンジンの音が終始鳴り響く。ときに6メートルの波が襲い、激しい揺れがおさまることはない――過酷な職場として知られるマグロ船に「乗れ」と上司に命令されたら、あなたは素直に従うことができるだろうか。
バイオ系メーカーの研究員だった齊藤正明氏(34)に非情な命令が下されたのは入社2年目のときだった。
「当時はマグロ船に対して『乱暴な荒くれ者集団』という一般的なイメージしか持っていません。人生が終わったと絶望しました」
上司は典型的な体育会系で、「死ね」「バカ」といつも部下を怒鳴っていた。心を病む社員も少なくなく、職場のあだ名は「ゾンビ製造工場」。齊藤氏の乗船の名目はマグロの鮮度保持剤の開発だったが、船には研究環境がまったくなかった。
「上司は『現場を知っておいたほうがいい』という理由だけで無理矢理マグロ船に乗せました。今思えば完全なパワハラです(笑い)」
2001年6月下旬、出港の日を迎えた。大分の港を出て赤道付近でメバチマグロやキハダマグロを追い、無寄港で鹿児島に戻る7000キロ超の長い航路である。齊藤氏は水産学部出身だが、遠洋の漁船に乗った経験はまったくない。
「吐かなかった日は3日間しかありませんでした」
※週刊ポスト2011年3月25日号