生まれてから死ぬまで、犬はどんな値段をつけられるのか。ジャーナリストの山藤章一郎氏がリポートする。
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「袖ヶ浦」「湘南」「長野」ナンバー、150台分の駐車場が一瞬で満杯になった。鳥かごほどのケージをそれぞれかかえた夫婦らしき50代が、「伊豆」のワゴン車から降りてきた。
都心に本社を置く〈犬専門オークション〉会社の会員証を胸元にぶらさげ、ふたりとも前歯が欠けている。かごのなかに手のひらにつつめるシーズーが2匹ずついた。「2か月に1回くらい、子犬が産まれたら毎回来てる」
――今日の値付けは?
「んなこと教えられないよ。ここはな、完全会員制でなかのようすは、口外できねえんだ」
新横浜を出た新幹線が4、5分後に神奈川県相模川を渡る手前の駐車場脇に、体育館を低くした鉄板囲いの倉庫がある。ここで週にいちど、犬の競りが立つ。産ませて売る人・ブリーダー(breeder・繁殖、飼育者)と、ペットショップ屋が集まる。
入会資格は、〈動物取扱業登録証〉を持つ人である。自治体で講習を受けると発行される。
入会金は2万5000円。入場料は年間1万円。
いちどに3匹が、会場の大画面に映しだされる。入札値段や、オスメス別、生後日数などが表示され、会員は手にした入札用リモコンのボタンを押す。競りの数字、子犬のねだんが外に漏れることはない。取材も見学も、会員から話を聞くことも主催会社から厳しく禁じられている。
オークションが始まる2時間前でも、会場のまわりを行きつ戻りつしていると、スタッフらしき男たちが剣呑な視線を送ってきた。
ここで落とされた子犬は、ペットショップやネットオークションで最低値段がこうつけられる。
×月×日、ネットのねだん。
トイプードル16万9000円。柴犬12万9000円。シーズー11万9000円。
ゴールデンレトリバー10万9000円。
生後日数によって値段は大きく変動する。「可愛い」と買い手がつくのは、生後45日まで。2か月になれば急速に値打ちを落とす。売る側はそれまでが勝負、客には「抱かせてぬくもりを感じさせよ」という鉄則があるといわれている。いまは概して子犬が高く売れる。
この日、2時間ほどですべてのオークションが終わった。さっきのシーズーの夫婦も出てきた。
――いい値がつきましたか。
問いかけると、スタッフがすっと近づいてきた。「どちらさまですか? だめだめ、話はだめ」
※週刊ポスト2011年3月25日号