アメリカは世界最大の軍事国家であると同時に世界最大の農業国家でもある。そして今、世界的な食糧危機に際し、新たな支配の手を伸ばし始めていると原田武夫国際戦略情報研究所の原田武夫氏は指摘する。
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米国務長官ヒラリー・クリントン。外交を担う彼女が、実はこれまで「食糧安全保障」に並々ならぬ意気込みを見せてきたことをご存じだろうか。
すでに国務長官就任2日目には「食糧安全保障」に積極的に取り組む意向を示したと伝えられ、直後の2009年1月にスペイン・マドリードで開かれた「食糧安全保障に関するハイレベル会合」にもアメリカとしてより積極的に取り組んでいく決意を表明している。さらに、それから3か月余りが過ぎて出演した米ABCテレビの人気政治番組「THIS WEEK」 でも、「オバマ大統領は私に対して、食糧安全保障について率先して努力するように要請しました」といった発言を残している。
興味深いのは、その「時期」である。2007年夏のサブプライム・ショック以降、原油や穀物といった商品先物価格は激しい値動きを見せてきたが、ヒラリー国務長官が「食糧安全保障こそ、私のテーマ」と声高に喧伝し始めたのは、穀物相場がすっかり落ち着きを取り戻してからである。多忙を極めるはずの国務長官が、なぜそこであえて「食糧安全保障」を叫ばなければならなかったのか。
その答えは彼女の経歴に隠されている。名門イェール大学のロースクールで後に大統領となるビル・クリントンと出会い、結婚したヒラリーは、1977年にアーカンソー州のローズ法律事務所に籍を置く。同事務所は投資銀行であるステファンズ・グループの顧問弁護士を務めていた。そして、同グループが最大の株主となってきたのが、種子ビジネスを手がけるデルタ・アンド・パイン・ランド社である。
日本ではあまり知られていないが、同社が1983年に政府の補助金を得て研究開発を進めてきたのが「GMO(遺伝子組み換え作物)」だった。1998年にはGMOの特許を取得。これによって同社のタネを用いて作付けする農家は同社に特許使用料を払わなければならなくなった。
しかも、同社は1回の収穫しかできない「ターミネーター・シード」と呼ばれる技術まで完成させている。この技術の持つ意味は極めて大きい。なぜなら、一度この種のタネに侵食されたら耕作を続けるためにそれを永遠に買い続ける必要があるからだ。これを駆使すれば、穀物の種子を用いた知的財産権ビジネスの拡大も思うがまま。まさに“食糧兵器”そのものといえるだろう。
ヒラリーはローズ法律事務所時代、商品先物相場で10万ドル近い利益を上げており、ファースト・レディーだった1994年に問題視されたこともある。
GMOビジネスとただならぬ関係にあるヒラリー。彼女が「食糧安全保障」をことさら取り上げる理由がおわかりいただけただろうか。このようにアメリカは国家戦略の一環に農作物の知的財産権も位置付けていると見て間違いないだろう。
そこで最近、種子メジャーとして台頭著しいのが、米モンサント社である。大豆やトウモロコシ、小麦などのGMO技術を持つ企業を次々と買収し、勢力を拡大してきた世界最大の種子会社である。実は前述のヒラリー国務長官に至るデルタ社も06年に同社の傘下に入っているのだ。
世界的な人口増大が見込まれる中、中東や北アフリカの政情不安もあって、食糧不足が懸念されている。とりわけ耕作には適さないような痩せた土地が多い途上国においては、それらを解決する手段としてGMOに対する期待感が高まっている。世界的不作の原因のひとつとなった気候変動、これに対しても強い種が望まれている。そうなれば、モンサント社をはじめGMO技術で圧倒的な優位に立つアメリカ勢が、世界の食を支配する可能性も現実味を帯びてくるだろう。
※SAPIO2011年3月30日号