中東・北アフリカを中心に巻き起こる動乱ドミノ。しかし、世界の政変には「食」が大きくそして深く関わってきたと国際政治経済学者の浜田和幸氏は指摘する。
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チュニジアやエジプトで民衆暴動が起き、独裁者のベンアリ大統領とムバラク大統領が失脚すると、当初、多くのメディアは“ソーシャルネット革命”などと呼び、独裁体制に不満を抱いた民衆が蜂起し、情報技術が民主化運動を加速させたともてはやした。
しかし、反政府デモがアルジェリア、イエメン、イラン、リビア、バーレーンなど、アフリカや中東の諸国へ次々に飛び火していくと、別に大きな要因があることに誰もが気づいた。独裁政権の打倒を掲げていたとしても、背景には食糧の高騰があり、それが直接的な引き金になっていたのである。
チュニジアもエジプトも主食の原料である小麦を輸入に頼る国で、前者の輸入依存度は83%、後者は69%である。そこへ世界的な食糧価格の高騰が直撃した。
国連食糧農業機関(FAO)の調べによれば、2009年1月から2010年12月までで、トウモロコシ相場は51%、小麦は32%、砂糖は177%も上昇している。
特に、エジプトは1人当たりのパンの消費量で世界一ともいわれる国で、貧困層は政府から補助金が出ている公営パン販売所で安いパンを購入し、中流以上の層は一般店で高級パンを購入していた。
ところが小麦価格の高騰で一般店のパン価格がこの半年で約2.5倍に跳ね上がり、中流層も公営パン販売所に押し寄せ、長蛇の列ができるようになった。行列でのいさかいが暴動の引き金を引くのである。
独裁国家で生活する国民は、多少自由がなくても、かろうじて食べる物に困らなければ、民主化のために命を懸けようとはなかなかしないものである。
日本でも「食べ物の恨みは恐ろしい」などといわれるが、食糧が手に入らないという命に関わる問題が発生して初めて、政府を打ち倒そうとするうねりが生まれる。
アメリカから“ならず者国家”と呼ばれ、空爆されてもしぶとく逃げのびて独裁王国を築いてきたリビアのカダフィ大佐でさえ、民衆の食糧を求める怒りの声を受けて、命運が尽きつつあるのは実に皮肉である。
現在、世界的に食糧が高騰している理由は2つあげられている。1つは世界的な異常気象で、昨年はオーストラリアやカナダで大洪水が発生し、ロシアや欧州で旱魃が起きている。昨年暮れから今年の初めにかけ、中国の穀倉地帯でも旱魃が起きている。アメリカでは穀倉地帯を大雪が襲った。
もう1つの理由は、世界的な不作により農産物価格の上昇が見込まれたため、投機マネーが穀物の先物取引市場になだれこんでいることだ。
オバマ大統領はインフラ投資を活性化させ、国内景気を浮揚すると称し、ドルを大量供給させた。しかし、だぶついたドルに行き場はなく、コモディティ市場に流れ込んで穀物相場を押し上げている。アメリカのヘッジファンドや投資銀行は息を吹き返し、リーマン・ショック前のような活況を呈しているのである。
※SAPIO2011年3月30日号