国際情報

北朝鮮砲撃のヨンピョン島で死者が2名しか出なかった理由

ヨンピョン島市街中心部

 砲撃から3か月。島はようやく復興へと動き出した。しかし、米韓合同軍事演習の一環で、3月4日から始まる軍事演習により、再び島は緊張感と不安に包まれていた。そんな中、対岸に北朝鮮を望む“最前線の島・ヨンピョン島”に、サピオ取材班が上陸した。

 * * *
 砲撃から3か月が経っているにもかかわらず、島の至る所に、まだ砲撃の跡が生々しく残されていた。

 その一つが、島の南側にある市街地中心部にある面役場(「面」は韓国の行政単位)だ。この役場の裏手にある倉庫の天井には直径50センチメートル以上の穴が開き、砲弾が鉄骨を貫通した跡が見受けられる。爆風によって吹き飛ばされた窓ガラスも、そのまま残されていた。砲撃直後、逃げ惑う住民の映像が報じられたが、これは役場前にある24時間作動のドームカメラから撮影したものだ。

 現場で、映像ではわからなかった事実に気付かされる。

 倉庫から通りを挟んだすぐ隣に、小学校と幼稚園が併設されている。つまり、北朝鮮の砲弾は、幼い子供たちの生活圏さえも破壊し、恐怖を植え付けていったのである。

 さらに、市街地中心部にも、砲撃の傷跡は残されていた。

 市街地の目抜き通りを歩いていくと、10軒ほどが全焼した一画に行き当たる。通りと家屋の敷地の境目には黄色い「POLICE LINE」と印字されたテープが張られ、屋根は砲撃とその後の火災によって抜け落ち、残骸が室内に崩落。棚などの家具が無茶苦茶に倒れている。それが修復も、撤去もされていない。

「このあたりは、島の中の繁華街だったところ。焼け落ちた中には飲食店もありました。魚をいけすに入れていた店では、水槽が割れ、砲撃直後には魚の死骸がそのままにされていました」(地元住民)

 他にも、火災によってハンドルやミラー、座席、計器類が溶解したスクーターや、横転した軽自動車など、火災や爆風の激しさを物語る物証が残されていた。潮の匂いに混じっていまだに少し焦げ臭さが感じられる。屋根の残骸のトタンが、海からの風できしむ音が響く。

 だが、この被害実態を目の当たりにして、改めて不可解な点が浮かび上がる。

 砲撃の激しさに比べて民間人の死傷者が少ないのだ。約1600 人の島民が生活する島で、民間人の死者はわずか2人。その2人も、軍関係の施設の修理にあたっていた建設業者の従業員で、島民の死者はゼロだ(負傷者は46人)。なぜなのか。

 すると、これまで報じられていない、こんな証言にぶつかった。面役場で、仁川広域市甕津郡産業チーム長の崔哲永氏は、取材にこう答えた。

「砲撃のあった時間には、たまたま『秋期樹木植栽事業』が行なわれていたんです。島のお年寄りなどに、1日3万5000ウォン(約2500円)程度の報酬で木を植えてもらう事業で、その日は100人近くが参加し、市街地から少し外れたあたりで行なわれていました」

 つまり、砲撃の時間帯には、市街地に人が少なかった。

 偶然なのか。あるいは、民間人の被害を抑えることで、国際的な非難を免れることができるという打算のもとに、こうした情報を北朝鮮が収集していたのか――つまり、北のスパイが島に入り込んでいたという仮説も成り立つ。

※SAPIO2011年3月30日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

復帰会見をおこなった美川憲一
《車イス姿でリハビリに励み…》歌手・美川憲一、直近で個人事務所の役員に招き入れていた「2人の男性」復帰会見で“終活”にも言及して
NEWSポストセブン
遠藤敬・維新国対委員長に公金還流疑惑(時事通信フォト)
公設秘書給与ピンハネ疑惑の維新・遠藤敬首相補佐官に“新たな疑惑” 秘書の実家の飲食店で「政治資金会食」、高額な上納寄附の“ご褒美”か
週刊ポスト
高市早苗首相(時事通信フォト)
高市早苗首相の「官僚不信」と霞が関の警戒 総務大臣時代の次官更迭での「キツネ憑きのようで怖かった」の逸話から囁かれる懸念
週刊ポスト
男気を発揮している松岡昌宏
《国分騒動に新展開》日テレが急転、怒りの松岡昌宏に謝罪 反感や逆風を避けるための対応か、臨床心理士が注目した“情報の発信者”
NEWSポストセブン
水原受刑者のドラマ化が決定した
《水原一平ドラマ化》決定した“ワイスピ監督”はインスタに「大谷応援投稿の過去」…大谷翔平サイドが恐れる「実名での映像化」と「日本配信の可能性」
NEWSポストセブン
山本由伸選手とモデルのNiki(Instagramより)
「球場では見かけなかった…」山本由伸と“熱愛説”のモデル・Niki、バースデーの席にうつりこんだ“別のスポーツ”の存在【インスタでは圧巻の美脚を披露】
NEWSポストセブン
モンゴル訪問時の写真をご覧になる天皇皇后両陛下(写真/宮内庁提供 ) 
【祝・62才】皇后・雅子さま、幸せあふれる誕生日 ご家族と愛犬が揃った記念写真ほか、気品に満ちたお姿で振り返るバースデー 
女性セブン
村上迦楼羅容疑者(27)のルーツは地元の不良グループだった(読者提供/本人SNS)
《型落ちレクサスと中古ブランドを自慢》トクリュウ指示役・村上迦楼羅(かるら)容疑者の悪事のルーツは「改造バイクに万引き、未成年飲酒…十数人の不良グループ」
NEWSポストセブン
現在は三児の母となり、昨年、8年ぶりに芸能活動に本格復帰した加藤あい
《現在は3児の母》加藤あいが振り返る「めまぐるしかった」CM女王時代 海外生活を経験して気付いた日本の魅力「子育てしやすい良い国です」ようやく手に入れた“心の余裕”
週刊ポスト
熊本県警本部(写真左:時事通信)と林信彦容疑者(53)が勤めていた幼稚園(写真右)
《親族が悲嘆「もう耐えられないんです」》女児へのわいせつ行為で逮捕のベテラン保育士・林信彦容疑者(53)は“2児の父”だった
NEWSポストセブン
リクルート社内の“不正”を告発した社員は解雇後、SNS上で誹謗中傷がやまない状況に
リクルートの“サクラ行為”内部告発者がSNSで誹謗中傷の被害 嫌がらせ投稿の発信源を情報開示した結果は“リクルートが契約する電話番号” 同社の責任が問われる可能性を弁護士が解説
週刊ポスト
上原多香子の近影が友人らのSNSで投稿されていた(写真は本人のSNSより)
《茶髪で缶ビールを片手に》42歳となった上原多香子、沖縄移住から3年“活動休止状態”の現在「事務所のHPから個人のプロフィールは消えて…」
NEWSポストセブン