枝野長官が最初のうち、明らかに「放射線」「放射能」「放射性物質」の違いをよく理解せずに会見していたことは由々しき問題だが、一般国民の認識では、専門知識がないのは当然のことだ。まず、「何が起きていて、何が危険なのか」を正確に知る必要がある。
誤解が多いが、いま福島原発の原子炉内で起きていることは恐らく「核分裂」ではない。もちろんごく小さな核分裂反応は起きている可能性が高いが、原発を動かす莫大なエネルギーである「臨界」は地震直後に止まっている。臨界とは、核分裂反応が次々と連鎖的に起きる状態のことで、この反応速度を制御できなくなると、チェルノブイリ事故のように加速度的に反応が速くなり、爆発に至る可能性がある。
いま原子炉で起きているのは、原発が運転していた時に核分裂反応で作られた核分裂生成物が熱を発している、という問題である。
核分裂したウランやプルトニウムは、もっと軽い別の物質に分かれる。「核が分裂する」とは、そういう意味である。この生成物も放射性物質だが、そのままの状態では長くは留まらない。
再び別の物質に変化し、さらに別の物質に変化し、さらに……という反応を繰り返し、最終的に放射性を持たない物質になって反応は終わる。この反応を「ベータ崩壊」と呼び、その際に「ベータ線」という放射線が出る。その過程で現われる生成物は数百種類もある。
そして、その反応の際に大量に熱が出る。これが「崩壊熱」で、いま原子炉を熱くしている正体はこれである。このベータ崩壊は、多くの熱を発するものの、いずれ自然に収束する。その最終段階まで至るのに要する時間が問題になるが、一部は非常に長い年月をかけて進む反応もあるが、多くは数日で急速に発熱量が減る。だから、仮に放置しても崩壊熱は数日単位で収まっていくのである。
ではなぜ慌てて冷やす必要があるのか。それはまさに、放射性物質を原子炉の外に拡散させないためである。崩壊熱は巨大である。今回「空焚き」になった燃料棒は、2700度以上に達したと見られており(その温度にならないと溶けない被覆管が溶けたので)、これだけの熱があれば、鋼鉄製の圧力容器を溶かす、すなわち炉心溶融(メルトダウン)を起こす危険がある。鉄の融点は1500度程度だ。
つまり、仮に核分裂が止まっていても、崩壊熱によって原子炉が壊れ、すでにベータ崩壊の過程で大量に発生している放射性物質、反応で生じる放射線が外部に漏れ出す恐れがある、というわけである。
ちなみに、細胞を破壊するなどして人体に影響を与えるのは「放射線」であり、物質がその放射線を出す能力を「放射能」、その放射能を持つ物質を「放射性物質」と呼ぶ。従って、一般的に使われる「放射能が漏れる」というのは少し問題ある表現で、正確には「放射能を持つ放射性物質が漏れる」ということになる。また、原子炉の穴などから直接、「放射線が漏れる」ことも重大な問題である。
※週刊ポスト2011年4月1日号