私は、こうした対話型講義がどんどん広がっていけば、日本の教育現場、ひいては日本社会全体を変えていくことになると確信しています。
今の日本の大学では、詰め込み型の専門科目が優先され、思想や哲学を土台とした教養科目は形骸化しつつあります。教養科目をどう教えていいのか分からないという教師も少なくありません。
しかしこれでは「自分で考える」「他人と議論する」といった基本的な訓練ができないまま、学生たちが卒業してしまうことになりかねません。
対話型講義が最も効果的に機能するのは、まさにこうした教養的な科目です。専門性はそれほど深くないにしても、一般の市民が議論するようなトピック(論題・話題)を扱うので、入学したばかりの大学生が議論をするには最も適切なのです。
サンデルがそうであるように、同書に登場する先生方は、そう簡単には答えが出ないけれど、誰もが必ず直面するような問題にトライして、学生たちの活発な関心を引き出しておられます。こうした議論を体験した学生は、専門分野に進んだ時にも、いきいきと勉強するようになると思いますし、また社会に出ても創造的な仕事ができるはずです。
しかし教師にとって対話型講義を実践するのは、それほど簡単ではありません。失敗した時のリスクを考えると、いきなり実践するには勇気が必要です。
まずはサンデルや同書に登場する先生方の手法を模倣してみるのも一つの方法です。また最初から講義をすべて対話型でやる必要はなく、部分的な対話型から始め、だんだんその割合を広げていくのもいいでしょう。
一方で対話型講義がどんな講義でも適用できるかという問題があり、私は、特に対話型講義に向いている領域と、必ずしもそうでないものがあると思っています。法学などはテクニカルな学問なので、細かな条文解釈などを全部対話型で教えるのは難しいと思うし、高度に専門的な講義では、ある程度知識を伝達した上でないと、議論が成り立たないこともあるでしょう。
ただ、これまで対話型講義に向かないと思われがちだった理系の領域でも、同書には掲載されていませんが、公立はこだて未来大学の講義「現代の科学」を見ると、十分可能性が感じられます。
※SAPIO2011年3月30日号