いまだ特別編成が続くテレビ番組。そこに忽然と黒木メイサが現われる。ベージュのチノパンを穿きこなした美脚がスラリと伸びる。ユニクロが春先向けに発表したチノパンの広告だ。公共広告でほぼ一本化されるテレビCMだけに記憶に留める視聴者も多いだろう。CMは3月20日から再開されたという。
ユニクロを運営するファーストリテイリング広報担当者は、その理由について、「我々も経済活動をやめるわけにはいきませんし、日常に必要な服を販売しているので、継続して情報を出していくべきだと考えています。配慮は必要ですが、経済活動を停滞させることが長期的には好まれることではないと判断しました」と、大局的な経営判断だったことを強調する。
だが、同社がCM再開に踏み切ったのには布石があった。義捐金である。
ファストリは14日、総額14億円の寄付、そしてヒートテック30万点など7億円相当の支給品を被災地に贈ることを表明した。寄付金に柳井正会長の私財10億円が含まれるということもあって、大きな話題を呼んだ。
経営コンサルタントの小宮一慶氏が解説する。
「危機の際には“経営者の器”が問われる。阪神大震災の際、ダイエー創業者の中内功氏が被災地で陣頭指揮を執ったのは有名な話です。倒壊店舗から商品を運びだして物資を配った。その姿勢は人々の心を打ちました。柳井会長の“指揮官先頭”の行動も消費者の心を掴んだ。さらにいえば、うちの会長はこんなに懐が深いんだ、と社員の結束も高める効果も生んでいる」
同様に楽天の三木谷浩史社長もツイッターを使って社員に節電を呼びかけ、個人でも10億円の義捐金を約束した。混乱期に自らメッセージを発することができるリーダーのいる組織は強い、と小宮氏は語る。
「ただし、ファストリに関していえば震災発生3日後に金額だけでなく、支援物資の物流ルートまで確保していた。トップの決断を即座に実行に移した、組織全体の迅速さと行動力はたいしたものです」
当然、柳井会長の即断即決だけで計画が進められたのではない。再び広報。
「地震直後から社員を招集しました。まず、会社としていくら出せるか、という決裁上限を調べたんです。それが3億円だった。さらに全従業員から寄付を募り1億円を追加。一方で、震災直後からヒートテックを求める声があったので在庫商品をどのくらい用意できるかも見積もりました。土日をはさんでその手はずを全て整えたのが14日です。中心となったのはCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)部です。企業は社会的責任をいかに全うするか。日常から考えていた成果が出ましたね」
同社CSR部では普段からNPOなどと関わりを持ち、今回も現地NPOと協力して物流体制を整えた。緊急支援を可能にするファストリの危機管理体制に、各界で賞賛の声があがった。
同社社員が証言する。
「実は、義捐金を発表した14日、放送局の手違いがあって、うちのCMが一時的に流れてしまったことがあった。次の日は、視聴者からのご批判を覚悟したんですが、寄せられたのは『ユニクロ頑張れ!』『応援してます』といった激励の言葉でした。支援を表明してから会社を取り巻く雰囲気は明らかに変わりました」
※週刊ポスト2011年4月8日号