300人以上の被災者が暮らす避難所を、白衣姿の女性の “魔法”が満たしている。宮城県名取市の名取第一中学校でカルテの束と血圧計を手に、連日被災者と向き合うボランティアの看護師・齋藤カツ子さん(66)。東北大学病院で副看護部長として定年まで勤めた看護のエキスパートだ。自らの経験が役に立てばと、震災翌日、ボランティアに名乗りをあげた。
ある日の回診では、避難所で寝たきりになった高齢の男性に「立ち上がれるおまじないをしてあげる」と宣言。足を揉んでからツボ押しすると、男性はゆっくりと立ち上がって歩き始めた。家族は「じいちゃんが歩いた」とびっくり。さらに、不眠に苦しむ73才女性に「眠れるおまじないを教える」とリンパマッサージのやり方を伝授した。
心のケアも大切な仕事だ。大きなショックを受けた人の心は、まず被災の衝撃に打ちのめされる「ショック期」にはいると齋藤さんはいう。次が“夢じゃないか”と現実を受け入れられない「否認期」だ。
「いまはショック期から否認期への移行時期。この時期は体を日常に戻すことが大事です。『ご飯が食べたい』『顔が洗いたい』という小さな願望をひとつずつ満たしていくことが必要です」(齋藤さん)
この日、齋藤さんは中学校1年生の息子を失った40代の夫婦と対面した。
「急に息子が『ただいま』って帰ってくるような気がする。まだ現実感ないもんな」
「本当に嘘みたいだよね。私がもうちょっと息子のことを見ておけばね。私のせいだよねぇ」
深刻な内容をぼんやりとした表情で語る夫婦。その会話に齋藤さんが割ってはいる。「あのさ、ちゃんと泣いた?泣けるときに泣かないとあとで具合が悪くなっちゃうよ」――すると、わずかな笑みを浮かべていた妻の目に涙があふれた。齋藤さんは嗚咽で揺れる肩をなでて優しく諭す。
「いままで泣けなかったんだね。我慢してたんだね。泣くのも大事だよ。泣きなさい」
学校や市の職員が業務に追われるなか、被災者の心と体のケアを一手に受け持っている齋藤さんだが、今後の心配は尽きないという。
「これだけの惨事にはサンプルがありません。『こうすればいい』がないから、みんなで少しずつ乗り越えないと。とりあえずは小さな願望から満たしていくことです」(齋藤さん)
※女性セブン2011年4月14日号