被災者たちを助けたい思いから行動を起こし、いざ現地に向かっても、そこに「行政の壁」が立ちはだかる。地震発生の翌日から、自主的に3度にわたって福島・相馬市に救援物資を運んだ、神戸にある運送会社・伸東運輸の稲村義昭社長(62)も、行政の壁を感じたひとりだ。
片道16時間かけて、自社のトレーラーで水、歯ブラシ、長靴、毛布などを運んだ稲村社長。震災当日、被災地への物資運搬を決めた稲村社長が、神戸水上警察署で緊急車両の指定を受けようとしたら、こんなことをいわれたという。
「震災が起きて救援が必要という証明が必要です。被災した相馬市役所から証明の文書をファクスで送ってもらってください」
この申し出に、稲村社長は驚きを隠せなかった。「そんなん無理ですよ。だって、申請してるのは、震災があった4時間後くらいのことなんですから、ファクスなんて送れる状況じゃない。電話だけはなんとかつながったんで、相馬市から直接、兵庫県警察本部に電話してもらいました」(稲村社長)
許可証が発行されたのは、翌3月12日の昼過ぎ。もっと早く許可が出ていれば、もっと早く被災地に駆けつけて、救援物資を届けることができただろう。3回の支援でかかった費用は、トレーラー延べ7台で約150万円。内訳は運転手の給料とガソリン代だ。すべて稲村社長の個人負担だった。
震災から3週間近くが経つが、これからより一層、被災地への支援は必要になっていく。阪神・淡路大震災で兵庫区の初代ボランティア対策委員長を務め、今回も被災地にはいった青山学院大学の塚本俊也教授は、行政の考え方を改める必要性を指摘する。
「自治体職員のなかには、被災者支援を全部自分たちがやらなければいけないと思ってしまっている人がいます。そういう自治体は、ボランティア団体をなかなか受け入れてくれません。行政だけで全て行うのは無理です。被災者自身と民間団体、そして行政と連携し、役割分担をしながら支援活動をすることが大切になってきます」
※女性セブン2011年4月14日号