東日本大震災の一方で世界が注目しているリビア情勢。独裁者のカダフィ大佐がこれまで政権を維持できた秘密の一つを落合信彦氏が明かす。
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私は以前、ニュージーランド生まれのゲイル・リバースという傭兵を取材したことがある。世界最強とも言われるイギリス軍の特殊部隊「SAS」出身の男で、西側各国の諜報機関からテロ対策や要人暗殺の任務を依頼されてきた腕利きだ。1970年代のことだが、そのプロ中のプロであるリバースに、イギリスの諜報機関・MI6が、ある依頼を出した。
それは、「カダフィ暗殺」。
当時、リビア国内の油田を次々と国営化していったカダフィに、西側諸国は危機感を募らせていた。カダフィがアラブの盟主になることを恐れ、アサシン(暗殺者)を手配したのである。
前金として成功報酬の半分を受け取ったリバースはエジプト側の国境からリビアに入った。昼間は灼熱の中を、夜は凍てつくような寒さの中、砂漠を進み続け、事前にカダフィが出没するという情報を入手していたスポットへと辿り着いた。
カダフィは海外訪問時に宿泊場所としてテントを使うことで知られているが、リビア国内にいる間も神に祈りを捧げるためのテントを設営していた。リバースはそのテントのすぐ近くで、砂漠の砂の中に身を潜め、ターゲットが姿を見せるのを辛抱強く待ち続けたのだ。しばらくすると、入手していた情報通りにカダフィが現われる。その姿は写真や映像資料で確認してきたカダフィそのものだった。
砂の中から飛び出したリバースは2丁用意していたブローニングの引き金を続けざまに引く。9発ずつの薬莢が空になるまで撃ち続けたリバースは、その全ての銃弾がカダフィに命中し、確実にターゲットの命を奪ったことを確認した。
ミッションを果たし、追っ手から逃れたリバースは、再びエジプトへと戻る。ホテルの部屋でシャワーを浴びた後、ビールで喉を潤しながらテレビを点けた。
リバースは、自分の目を疑った。
確実に心臓を撃ち抜いたはずのカダフィその人が、BBCのニュース映像で、無傷のまま演説をしていたのである。映像は生中継のものだった。
クライアントであるMI6に慌てて電話を入れたリバースは真実を知る。自分が銃弾で蜂の巣にしたのは、「ダブル(影武者)」だったのだ。
カダフィ側は、テントの存在が西側諸国の情報機関に漏れたことを?んでいた。だからこそ、リバースほどの手練れも見抜けないほどの“精巧な偽者”を用意したのだった。
この時リバースに殺された影武者を含め、カダフィには3人のダブルがいたとされている。つまり、今年に入りリビアで反体制派による暴動が起きて以降、カダフィの姿は何度かカメラに捉えられているが、それが本物だとは限らない。
カダフィは180センチ近い長身でたくましい女性をボディガードとして常に周辺に配している。“カダフィ・ガールズ”と呼ばれる彼女たちと、カダフィ本人の身長を比べてみると興味深い事実が浮かび上がる。カダフィの身長は183センチほどだとされているが、時に護衛より頭一つ分、背が高く見えるケースがある。
つまり、「本人よりも身長の高いダブル」の存在が見え隠れしているのだ。ちなみにボディガードが女性ばかりというのは、「男には寝首を掻かれるかも知れないが、女なら大丈夫」というまったくもって非合理的な妄想に端を発した現象である。
独裁者が影武者を用意するのは歴史の常であった。暴力を用いてその地位に上り詰めた者は、自分もいつかは力によって退けられることになると恐れる。その疑心暗鬼に陥った結果、身代わりを用意するのである。権力者の悲しい性を表わしている。
※SAPIO2011年4月20日号