世界的な経営コンサルタント・大前研一氏の英語力は、国際的に活躍する日本人の中でも群を抜いている。その大前氏が、日本の英語教育の問題点を指摘する。
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日本は教える先生に能力がないから、文科省の指導要領通りにしか教えない。フレキシビリティは皆無である。だが、英語に限らず言葉というのは、相手や時と場合などに合わせて表現を変える必要がある。
よく英語は「YES」「NO」がはっきりしていると言われるが、それは間違いだ。英語には深みとニュアンスがあり、それをTPOによって微妙に使い分けねばならない。
たとえば、さほど親しくない相手に英語で「君、それはやめてくれ」と言いたい場合、どんな表現をすればいいか?
「Stop it」なんて言ったら、たぶん相手は「お前にそんな風に命令される筋合いはない」と怒って喧嘩になるだろう。「Don’t do it」と言っても相手は傷つく。丁寧な言い方にしようとして「Please」を付け加えても同じことだ。
私が考える最も好ましい表現は「I wouldn’t do it」。「私があなたの立場だったら、やらないと思いますけどね」という婉曲的な言い方だ。
女性が男性の誘いを断わる時も、ストレートに「Don’t do it」と言ったら男性は傷つく。この場合は「Not today」(今日はダメ)とやんわりかわす。それが男性のプライドを慮った“正しい断わり方”である。
いずれにしても、この問題に「正解」はない。同じ意味の別の言い方は、TPOに応じて何十通りもあるからだ。ところが、日本の○×式の英語教育だと「Don’t do it」が○、となるから、日本人はTPOに関係なく「Don’t do it」と言ってしまう。私の経験では、生半可に英語のできる日本人ほど海外事業で失敗するものだが、その最大の理由がこれである。
このように、日本の従来の英語教育はやり方が間違っていることがはっきりわかっているにもかかわらず、文科省は小学校から英語を必修化した。これは“パブロフの犬”を2年間早く、長く育てるだけである。
※SAPIO2011年4月20日号