コラムニストの天野祐吉氏が、最近よく耳にするのが「三丁目の夕日症候群」という言葉である。つまり、昭和を懐かしむ風潮など無意味だという批判だ。しかし天野氏は、「昭和ブーム」は単なる懐古趣味ではないと反論する。
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昭和8年生まれの私は約62年間続いた“昭和”を生きた人間の一人です。振り返ると、日本が一番豊かだったのは昭和30年代前半の頃だという気がしています。それ以前の昭和は、戦争と戦後の混乱による“血まみれの昭和”だったといえる。そんな時代が終わり、ようやく人間らしい暮らしに戻ることができたのがこの時期でした。
もちろん誰もが貧しかった。ただ、貧しいながらも当時の日本人は、映画『三丁目の夕日』で描かれたように人間同士の信頼感や助け合いの気持ち、日本人の美風を持っていた。軍隊を持たないという世界でも稀有な国として歩んでいく新しい時代に向かって、誰もが希望に燃えていました。
日本人が変わっていったのは30年代半ばからの高度経済成長によってです。経済大国への道をまっしぐらに突き進み、「豊かさ」=「モノを買うこと」という神話が生まれた。“カネまみれの昭和”のはじまりです。
戦後、日本では欲望が解放されました。それ自体は悪いことではありません。問題は欲望の矛先がモノに向かったということです。
本来、お腹と心は同時に満たされるべきものです。お腹だけが一杯になり、心は空っぽになったのが問題だった。文明的なものにはカネを払うが、文化的なものには見向きもしないという風潮に染まっていったのです。
江戸時代の町人は、たとえ貧乏でも歌舞伎を観に行き、一番安い天井桟敷から「成田屋っ」とかけ声をあげて楽しんだといいます。今の人は、携帯電話やゲームといった生活を便利、快適にするものにしかお金をかけません。心を耕すことに興味を持たない“非文化大国”になってしまった。これは20世紀後半からの先進国全体の傾向といえます。その中でも日本は突出しているように感じます。
あまの・ゆうきち/1933年東京生まれ。明治学院大学中退後、創元社、博報堂を経て独立。マドラ出版を設立し、1979年に『広告批評』を創刊。同誌の編集長・発行人を経てコラムニストとして活躍。2007年3月まで松山市立子規記念博物館館長を務め、現在は名誉館長
※週刊ポスト2011年4月22日号