広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が「何度聴いても笑える」と勧めるのが、橘家文左衛門である。
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真打10年目の橘家文左衛門。
稀に見る豪快キャラでありながら、非常に繊細で緻密な表現力を備えている。それが、文左衛門の魅力だ。登場人物の心理を鮮やかに浮き彫りにする卓越した表現力こそ彼の落語の本質である。
「高座に出るものは氷山の一角である」と文左衛門はいう。表面には出てこない「噺の背景」を自分の頭で考え、腹に入れる。それがあって初めて、他人の真似ではない「自分の噺」が出来るのだ、と。
他に演り手の多い『千早ふる』『ちりとてちん』『粗忽の釘』『青菜』等を文左衛門が演ると格別の可笑しさが生じるのは、「水面下にあるもの」の大きさゆえだろう。
ダイナミックな演出とリアルな台詞回しの才能が存分に活かされる『文七元結』『芝浜』『らくだ』『子別れ』といった大ネタ、繊細な演技を駆使する『笠碁』『試し酒』等「難易度が高い噺」も素晴らしいが、『のめる』や『寄合酒』といった、寄席でよく演る軽い滑稽噺がまた、実にいい。
細部にこだわった丁寧な演じ方と独特のギャグセンスで、文左衛門はありふれた噺を「何度聴いても笑える噺」に変貌させる。
細心かつ大胆、繊細かつ豪快。爆笑落語で寄席を盛り上げ、大ネタで感動させ、ときには前座噺でトリも取る。「コワモテの豪快キャラ」橘家文左衛門は、追っかける価値のある素敵な「寄席芸人」だ。
※週刊ポスト2011年4月22日号