【書評】『太宰治の作り方』(田澤拓也著/角川選書/1890円)
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
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太宰の魅力は、なんといっても「人の弱さを伝える文学」にある。人生を無傷で歩むことができない以上、「どこかで傷を負ったとき」、その作品世界に浸れば、期待にたがわない癒しを与えてくれる。しかもそこには、「私だけがこの人の作品を理解できる」と思い込ませる「親和力というか共感力」なる仕掛けがほどこされている。
これが没後60年を過ぎてなお、読者を虜にしつづけてきた魅力だとわかれば、なるほど、現代社会に疲れきった人々が太宰にひかれるのもわかろう。実は、太宰は「私小説」を装ってはいても、決して私小説は書いてはこなかった。自らの体験に基づいた私小説ではなく、「面白おかしく自らの伝説を作り出そうとした『自伝』」を書いていた――。
あまたのノンフィクション作品を手掛けてきた著者もまた、青森高校で過ごした青春時代、太宰に心を奪われた青年のひとりだった。その彼が、太宰の人気の秘密を、小説の「作り方」といった文章技術面から、調査、分析したらどうなるか。数十年にわたる歳月をかけ、太宰を直接知る人々を訪ね歩いて収集した証言や資料を積み上げたうえに導き出した“秘密の暴露”が、あらたな「太宰ワールド」を存分に堪能させてくれる。
秘密のひとつが「一人称告白体」という文章スタイル。これだと「彼自身の実人生で体験した重大事件を赤裸々に包みかくさず取りあげているような印象」を読者に喚起させやすい。主人公の告白がドラマチックであったり、残酷であったりすればするほど、読者は自らの境遇と引き比べ、慰められ、勇気づけられるからだろう。
著者の考察は、「毎回毎回同じような設定の太宰の小説が、どうして読者を飽きさせない」かにまで及ぶ。いわば、「映画の寅さんやテレビドラマの水戸黄門のような反復効果」を生みながら、リアリティーを出すために手段を選ばなかったのが太宰の創作姿勢であった。本書で明かされている太宰の創作テクニックは、それ自体ひとつの文章読本でもある。
※週刊ポスト2011年4月29日号