5年間で教科書の内容をすべてやり終え、高3の1年間を受験指導につぎ込むのが東大合格ランキング常連である中高一貫進学校の常套手段。そんな名門私立のなかで奮闘する公立勢が愛知県立岡崎高校だ。一地方都市の公立校がなぜ毎年40人近くの卒業生を東大に送り込めるのか。
岡崎高校では、勉学の場において生徒と教師の「なすべきこと」、「あるべき姿」が日々実践されている。まず感心するのは、「始業2分前に全員着席」だ。先生もチャイムが鳴ったときには教壇に立ち、1限50分の授業が1分とも疎かにされない。しかも、授業後は生徒が質問のため教師を囲む。同校の藤嶋典弘教頭は苦笑交じりで語った。
「本校はなにも東大合格のために特別なことはしていません。高校としてごく普通のこと、当たり前のことを実行しているだけです」
進路指導主事の藤原波一教諭もうなずく。
「予習と復習の徹底、授業を大事にし、疑問があればその日のうちに解決しておく――これに尽きます。他には、夏休みや冬休みの課題をきちんとこなす。先生も生徒の要望に対し真摯に対応し、自作のプリントや地道でていねいな下調べを怠らない。こういう普通の姿勢で臨んでいます」
実は両教諭とも岡崎高校のOBで、「自分たちの時代から、岡崎高校の教育は変わっていない」と口を揃える。もっとも藤嶋教頭はこんな言葉を漏らした。
「しかし、赴任してきた当初は、本校の“普通”に戸惑う先生もいらっしゃるようですね」
教育の現場を知っていれば、いや自分の学生時代を振り返っても、岡崎高校の“普通”は、他校にとっての“理想”だということが分かるはずだ。
同校では、生徒が熱心に勉学を重ね、教師はそのフォローに惜しみなく力を注ぐ。両輪が噛みあい、刺激しあうことで4年連続(2007年を除けば9年連続)の公立高校東大合格者数ナンバー1を達成している。
もっとも、岡崎高校の生徒の質の高さを指摘する声は多い。同校のもう一人の教頭、村上慎一教諭は、そのバックボーンとして、岡崎高校のある愛知県三河地区の特質を説明する。
「岡崎市をはじめ近隣の豊田市、安城市などには、トヨタを中心にアイシン精機、デンソーといった自動車関連の世界企業が集まっています。本校にはそういった会社の中堅幹部のお子さんが多い。この階層の親御さんは、ご自身が高学歴であり、学力を高めることの意義をご存じですから、当然ながら教育にも力を注ぎます」
土地や資産、世襲といった親の七光りに頼ることなく、学力と身につけた技術力を武器に切り開いてきた人生――岡崎高校の生徒は、こんな横顔を持つ親に育てられたわけだ。
※週刊ポスト2011年4月29日号