「国や国民のために尽くす」――天皇陛下がこれまで度々会見で話された言葉が、今この震災下ほど深い実感をもって感じられることはない。ご高齢の身を押して、避難所へ、被災地へと回り、一人一人に腰を折り膝をついて話をされるその姿に、被災者たちからは感動の声が聞かれた。文芸評論家の富岡幸一郎氏が報告する。
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今回の東日本大震災とそれによる福島第一原発の事故は、まさに国難ともいうべき事態である。このような危機に瀕したとき、国の指導者に求められるものは何か。それは艱難と悲しみに打ちひしがれた人々、不安と焦燥のなかにある国民にたいして、沈着で冷静なそして大きな勇気を与える言葉を語ることであろう。
三月十六日の天皇陛下のお言葉は、まさに国家元首が被災者と全国民に向けて語られた、そのような言葉であった。地震や津波による死者を悼み、避難生活を余儀なくされている被災者を励まし、危険な状況のなかで救援活動を日夜展開する自衛隊員や警察官、消防士等の人々の労をねぎらい、各国元首や海外からのお見舞い、支援を伝えるメッセージを、天皇はマイクに向かって静かな落ち着いた声でゆっくりと語られた。
震災直後から未曾有の災害であることを察知されていた天皇は、自らの意志でお言葉の作成を進められ、十五日に皇后と話し合われつつ原稿を準備され、翌十六日午後三時にビデオ収録、午後四時半にテレビ各局で一斉に放映された。とくに放映に先立ち、緊急のニュースが入ったときは、放映を中断して速報を流すようにとの配慮を示されたという。
※週刊ポスト2011年5月6日・13日号