「直ちに人体に影響を及ぼす数値ではない」
「ずっと食べ続けなければ大丈夫」
福島第一原発事故による汚染が深刻化する中、「学者」や「専門家」がテレビに登場し、こう繰り返している。ウラン濃縮の専門家で環境問題にも詳しい武田邦彦・中部大学教授は「これまで被曝限度とされてきた国際基準がなし崩しにされている」と、その言説を批判する。
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一般人に対する法律上の放射線の年間被曝限度は1ミリシーベルト(1000マイクロシーベルト)であり、この数値が国際基準になっている。
ところが今回の事故で放射性物質が広範囲に飛散し、年間に換算して1ミリシーベルトを超える地点が出てくると、学者や専門家はメディアを通じて一斉にこう言い出した。
「飛行機で東京とニューヨーク間を往復すれば200マイクロシーベルト被曝する」
「自然界からは規制値を上回る1.4ミリシーベルトの放射線を浴びている」
規制値である1ミリシーベルトは、そうした自然界や医療などでの被曝を考慮に入れた上で決められたものなのに、「自然界や医療被曝でも放射線を浴びているのだから、原発からの被曝量が1ミリシーベルトを超えても大した問題ではない」かのような論理にすり替えられてしまったのだ。
1ミリシーベルトの規制値が雲散霧消してしまったかのように、「100ミリシーベルトまで安全」と言い切る専門家も現われている。3月18日、茨城県は福島県境に近い高萩市で採れたホウレンソウから、国が示した規制値(1㎏当たり2000ベクレル)の約7.5倍に当たる1万5020ベクレルの放射性ヨウ素131を検出したと発表した。
テレビに出た専門家は、
「このホウレンソウ(1㎏)の数値を人体への影響を示す単位であるシーベルトに換算した場合、0.24ミリシーベルトになる」と前置きして説明した。
「小鉢1人前のホウレンソウを100gと仮定すると、4200人分を口にしないと人体に影響を及ぼさない。妊婦や子供など、放射性物質の影響が大きいとされる人たちについても、摂取しても問題のないレベルだ」
この専門家は「100ミリシーベルトまで安全」という前提で話しており、1ミリシーベルトで計算すると、このホウレンソウは1年に42回しか食べられない野菜になる。
そもそも100ミリシーベルトは慢性的な疾患やがんが相当増えるとされる数値で、がんの発生率は100人に0.5人とも言われている。
「100ミリシーベルト安全説」を主張する専門家は、
「日本人の100人におよそ50人はがんにかかる。放射線の被曝で100人に0.5人がんになる人が増えたからといって、それほど大きな問題ではない」
という趣旨のことを話していた。リスクをどのように考えるかという問題だといってしまえばそれまでだが、彼の論理だと「交通事故による死者数は10万人に約5人だから、交通事故対策はしなくてもよい」ということになってもおかしくない。
風評被害や過剰反応を抑えたいという意図かもしれない。だが、これは純粋に科学的な検証の問題であり、両者を混同して議論するのはおかしい。
枝野長官は4月11日、原発から30㎞以上離れた地域にも、避難指示を拡大する方針を明らかにした。その理由は「累積放射線量が20ミリシーベルトを超えそうだから」だったが、日本人の放射線への耐性がいきなり20倍になったわけではない。やはり1ミリシーベルトという国際基準は簡単に捨ててはならないと考える。
国は茨城県産の魚から高濃度の放射性ヨウ素が検出されると、あわてて規制値を決めたが、こうした場当たり的な対応が国民の不信感を招いている。
1986年のチェルノブイリ原発事故の約2年後、IAEA(国際原子力機関)が報告書を出している。そこには「被曝は小規模なので、子供の甲状腺がんは出ないだろう。遅発性(10年ぐらい経った後の)がんは自然発生するがんとの区別ができないほどしか出ないだろう」と書かれていた。
確かに直ちに被害は出なかったが、4年後に約5000人の子供が甲状腺がんを発症した。また10歳ぐらいで被曝した女の子が15年後に結婚して生んだ子供は発育不良の障害児だった。
余計な危機を煽るつもりはない。しかし、「非常時」だからといって今まで基準となっていた1ミリシーベルトをないがしろにしていいわけがない。将来、被曝した人(特に子供)に障害が数多く出たら取り返しがつかないのである。
※SAPIO2011年5月4日・11日号