たかが「物」ではない。被災地の瓦礫の中に残された品物には、それを使っていた故人と遺族の思い出が詰まっている。
宮城県・仙台市に住む竹沢さおりさん(35)は、隣の名取市内にある実家を津波で流された。仕事に出かけていた夫とさおりさんは無事だったが、実家にいた両親と祖母、預けていた息子は行方不明となってしまった。
「父親の遺体は見つかったんですが、後の3人はまだ見つかっていません。息子の雅人は、4月17日でちょうど生後9か月になります。実家の跡地で家のものを探したんですが、何も見つからない。ミクシィの日記にそう書くと、“手伝う”といってくれる人たちがいて。みんなで探すなら、他の家族の方々の思い出の物も探そうということになった」
それがきっかけとなって、3月20日頃から名取市で「思い出探し隊」が結成された。その活動を知った自衛隊員や、名取市の職員たちも協力をはじめた。いまや市内の閖上小学校の体育館には、写真、卒業アルバム、卒業証書などが所狭しと並べられている。黒や赤のランドセルは30個以上、壁には数千枚の写真が飾られている。
多くの被災者たちが、目を皿のようにして一点一点を必死に確かめていた。
「思い出探し隊」メンバーの26歳男性がいう。
「瓦礫の中から見つけ出したランドセルを手渡すと、“それは亡くなった私の子供のものです……”と告げられ、すごく切ない気持ちになりました。ある30代の姉妹の方々は、壁に飾られた写真にご両親を見つけ、泣き崩れながらも“ありがとうございます”とお礼をして下さいました。自分のしている活動には意味がある。そう感じました」
前出・さおりさんは、いまだ出会えぬ息子のことを思いながらも、笑顔で毎日の活動にあたっている。
※週刊ポスト2011年5月6日・13日号