福島第一原発の事故は現在進行形であり、現時点で損害補償額を正確に見積もることは難しい。それだけに、数十兆円に達するという予測も飛び出しているが、果たして妥当な数字なのか。
ビジネスやファイナンス情報で人気のメールマガジン『週刊isologue』の執筆者で、公認会計士の磯崎哲也氏がいう。
「補償額をいくら見積もるのかは、会計上、引当金にどれだけ計上するかということを意味します。『企業会計原則』に従えば、引当金は“合理的に見積もれる”ものしか計上できません。
たとえば、出荷制限がされていない地域の野菜や海産物の売れ行きが風評被害によって落ちても、東電の責任の立証や損害額の確定が難しければ補償範囲に入らないと考えられます」
磯崎氏が、引当金の試算のベースとしたのは、福島第一原発周辺の市町村の人口、農業産出額、工業製品年間出荷額などの各種統計である。
まず、原発事故による休業損害や慰謝料だ。30km圏内の農業産出額全額、商店年間販売額の粗利分(4割として計算)、工業製品年間出荷額の粗利分(6割)を、これらの産業が生み出していた付加価値を考えると、合計で1056億円になる。3年分支払うと仮定すると、ざっと3000億円程度と見積もれる。
次に原発周辺の土地の価値減少に伴う損害補償額はどうか。東海村JOC臨界事故(1999年)の時は補償されなかったが、今回の事故では今後、居住や農業、商工業ができなくなる可能性があるという被害の深刻さを考慮して、磯崎氏は補償額に組み込んだ。
福島第一原発から10km圏内の市町村と、多量の放射性物質が見つかった飯舘村を補償の対象とすると、その地域の10年分の農業産出額を農地の価値と計算して1187億円。10km圏内で商業や工業もできないとすれば、商店年間販売額の粗利(4割)と工業製品年間出荷額の粗利(6割)の10年分を商業地や工業用地などの価値と仮定して、8473億円となる。
宅地の価値については、居住者の収入が農地や商工業地の補償額に含まれているので考慮していない。
ここまで休業補償、慰謝料と土地の損害補償を合わせて、補償額は合計1兆2500億円程度になる。
磯崎氏はこう語る。
「30km圏内の人口は約20万人だが、避難している人は約10万人といわれる。実際には半分程度の規模を想定すればいいかもしれないが、あえて多めに見積もりを行なってみました。実際の補償額はこれより小さくなる可能性があります」
※週刊ポスト2011年5月6日・13日号