いま、被災地を駆け抜ける一陣の風がある。アニメソング『アンパンマンのマーチ』だ。震災直後にラジオで流されるやリクエストが殺到、動画サイト「You Tube」でも総再生回数は1300万回近くにも及ぶ。「深く染みて、目の奥がじんわりしました」「この曲の深さが伝わってきます」「生きることのメッセージが伝わってくる」。人々を勇気づけるこの歌はどのように誕生したのか、どのような想いが込められているのか。自ら作詞を手がけた「アンパンマン」作者で今年92歳、漫画界の大御所やなせたかし氏に、ノンフィクション・ライターの神田憲行氏が聞いた。
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――「アンパンマンのマーチ」が被災地などで大変な人気を集めています。作者としてどのような感想をお持ちですか。
やなせ:僕のところにも「被災地でラジオから流れ出した曲に合わせて子ども達が一斉に歌い出した」とか、いろんな反応が届いています。まさかこういう状況の中で歌われるとは、と驚いています。「アンパンマンのマーチ」はいつもアニソン(アニメソング)の人気投票では10番目くらいなんだよね。それがなぜ震災後に人気が出てきたかというと、「アンパンマン」自体が「人を助ける話」だからだと思う。一種の救援ソングなんだ。子どもたちを励ますことが出来て、とても嬉しいですよ。
――改めて聞いてみると、歌詞の内容も深いですね。とても子ども向けの歌とは思えません。
やなせ:そうそう(笑)。23年前に「アンパンマン」のテレビ放送が始まるときに僕がこの詩を書いたら、「子ども番組にしては難しすぎる」とテレビ局の人にいわれたんだ。でもどうしてもこの詩で行きたかったので押しました。
歌はさきに三木たかしさんの曲が出来たんです。テープに吹き込まれた三木さんの鼻歌みたいなのを何度も繰り返して聞いているうちに、頭の中にパッと「だから君が行くんだ」という歌詞が浮かんだ。詩の最初から順番に浮かぶのでなく、ワンフレーズだけ最初に出てきたんです。僕の作詞はいつもそうなんですよ(注・やなせ氏は名曲『手のひらを太陽に』の作詞家でもある)。
「なんのため生まれてなにをして生きるのか」という歌詞は、当時、大学を出ても何をしたらいいのかわからない無気力な学生が増えていると聞いたので、子どものころから「何のため人は生きるのか」しっかり頭に叩き込んでおかなくてはいけないと思い、付け加えました。哲学的な意味があるので高校生や大学の先生からも「感動しました」とお手紙をもらったことがあります。
――確かに哲学的な示唆に富むフレーズが多いですね。
やなせ:「胸の傷が痛んでも」もね。これはアンパンというヒーローは他のアニメのヒーローと違い、いつも傷つくからなんです。バイキンマンに押しつぶされたりして、ジャムおじさんに「助けて」と弱音も吐いたりする。でも作り直してもらうとまた元気に飛び立っていく。そのアンパンが負う傷の全てを「胸の傷」で代表させました。苦しくても傷ついても、ヒーローは人を助けるために飛び立つのです。
僕は物語を作るときも、歌を作るときも、子ども向け・大人向けとか区別していません。子どもも大人も一緒に感動しなくちゃいけない。だから歌詞が子ども向けにしては難しいと指摘されるのかも知れませんが。
――なぜ今回、子どもだけでなく大人の胸も揺さぶったのでしょうか。
やなせ:わかりません……作者でも。僕はそのときそのとき感じていたことを詩や漫画にしているだけなんですよ。「アンパンマン」も最初の童話は、大変評判が悪かった。なにしろボロボロのマントをきて、自分の顔を食べさせるヒーローなんかそれまでいないんだから(笑)。出版社の人からは「このような作品はこれきりにしてくださいね」と念押しされるし、絵本の批評家からは「こんな低俗な本は図書館に置くべきではない」とまで言われました。それが読む人の輪がだんだんと広がっていって、あれだけ人気のある作品にまで育った。「アンパンマンのマーチ」にしても、どのような思いを込めて聞くのか、聞く人の自由なんだと思います。