あのとき――3月11日14時46分。阿川佐和子さん(57)は都内の自宅にいた。
「あの日は私の小説『屋上のあるアパート』がドラマ化された(TBS系、3月21日放送)関係で、朝7時からロケがあったんです。その収録がお昼前に終わって、夕方からの撮影前にいったん家に戻ったんですよ。アシスタントやメイクさんとお弁当やお菓子をつまんでいたらいきなりグラッと来て、慌てて花瓶を押さえたりして…。私自身は帰宅難民にもならず、申し訳ないくらい無事でした」
その後は1週間ほどテレビの前に釘付けだった阿川さんだが、後日、震災のもうひとつの現実に改めて胸をつかれる。
「私には自衛隊の知り合いがいるのですが、その人にお見舞いの電話を入れたら、現場は私たちが想像しようもないくらい大変らしいんです。
何が大変って、要するに被災地で人命救助にあたっている隊員さんの多くは、親はもちろん、おじいさんおばあさんの死に目にも会ったことがないくらいに若いらしくて。それが毎日毎日、何十体ものご遺体を目の当たりにして、しかも自分は助ける側の人間だから、常にしっかりしてなくちゃいけない。
幸い救助できた人には“大丈夫ですか”って笑顔で声をかけてあげなくちゃいけないんですよ。でも本人は全然大丈夫じゃない。肉体的にも精神的にも本当は自分が助けてほしいくらいでしょう。その話を聞いたときはもう、涙が止まらなくて…。
自衛隊や消防隊や警察隊の人たちのことを、私たちは何か無機質な記号のように認識してしまうところがあるけれど、そこにはひとりひとり、生身の人間がいて、誰かの死に初めて立ち会う若者だっている。それでも自らを滅して闘っている名もなき人たちの心の内を、私たちはもっと思いやるべきだと思います」
※女性セブン2011年5月12日・19日号