東日本を襲った大震災は、世界中に衝撃を与えただけでなく、「誤報」が世界中を駆け巡ることとなった。一例を紹介しよう。
「放射能の拡散で東京はパニック」(3月15日、英デイリー・テレグラフ紙電子版)
「数千人が東京から逃げ出す」(3月16日、英インディペンデント紙電子版)
記事の中では、伝聞の話として「天皇が京都へ避難した」という話をレポートしている。
米CNNでさえ、こう煽った。
「放射能は金曜日(3月18日)に米国に達する可能性がある」(3月17日)
このほか、ラッシュアワーの写真は「東京脱出」、花粉症のマスクは「放射能飛散」と間違って伝えられた。
英タブロイド紙デイリー・メール紙にいたっては、「福島原発で死者5名、メルトダウン」(3月15日)と誤報。ニューヨーク・タイムズや米ABC放送も同様の報道を行ない騒ぎとなった。
いったい誤報はなぜ生まれるのか。外務省報道官も務めた元イタリア大使で日本英語交流連盟名誉会長を務める英正道氏は、その要因のひとつとして次のように指摘する。
「震災から5日後に首相や官房長官の会見に通訳を入れたり、英語での情報発信を始めたりしていますが、それでも英語での情報量が圧倒的に不足しています。だからといって垂れ流しにするだけではダメです。例えば官房副長官レベルの人間に英語で会見をさせる、あるいは英語専門の政府HPを立ち上げる、といった質の高い踏み込んだ情報発信が必要でしょう」
国益を損ねる事態の際、隣国の韓国や中国ならば、報道官や大臣が大勢のメディアを前に「誤報だ!」と怒りを露わにしただろう。例えば最近では、日本の歴史教科書の記述について、韓国は外交通商相が駐韓日本大使を呼びつけて抗議をし、中国は、外務省の報道官が不快感を表明した。
しかし、日本も手をこまねいているわけではない。これまでも、韓国の働きかけ通り竹島を「独島」、日本海を「東海」と表記している地図や記事があると、在外公館を通じて訂正を求めてきた。今年1月、ニューヨーク・タイムズに尖閣諸島の領有について「中国の主張には歴史的根拠がある」というコラムが掲載された際も、現地の日本総領事館が抗議した。
そして今回の東日本大震災でも、海外メディアの誤報やミスリードに地道に対応している。
外務省は「原発事故対応中に作業員5人が死亡」という事実誤認報道には、直ちに訂正を申し入れるよう在外公館に指示を出した。また明らかな誤報だけでなく、表紙で日の丸がひび割れしたイラストを使った米経済誌に対しても、現地の総領事館が「不適切」と抗議している。
しかし、それでも誤報がなくならないもうひとつの理由として、先の英氏は日本に駐在する海外メディアの特派員のレベル低下を挙げる。
「近年、中国などと比べ、相対的に日本の重要度が下がり、一線級の人材が送り込まれなくなったため、彼らの母国に情報がきちんと伝わりにくくなっています」
海外では「レベル7」に引き上げられた今回の事故を、チェルノブイリと二重写しのように報じているが、放出された放射能の量や死傷者の数は、比較にならないほど少ない。誤解が拡大しないよう今こそ正確な情報発信が問われている。
※SAPIO2011年5月4・11日号