「国や国民のために尽くす」――天皇陛下がこれまで度々会見で話された言葉が、今この震災下ほど深い実感をもって感じられることはない。ご高齢の身を押して、避難所へ、被災地へと回り、一人一人に腰を折り膝をついて話をされるその姿に、被災者たちからは感動の声が聞かれた。文芸評論家の富岡幸一郎が報告する。
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天皇の床にひざをつき被災者と直接に向き合って励ましの言葉をかける姿は、すでに皇太子だったときから見られた。昭和六十一年十一月二十九日、三原山噴火で千代田区の体育館に集団避難してきた大島島民を慰問されたとき、疲れ果ててぐったりと座りこんだ被災者たちが声をかけられても立ちあがれない様子を見ると、自らが腰をおとしひざをついて話を聞かれたのだった。
それはこの国の天皇、皇室の歴史上はじめての光景であった。しかし、そこには皇太子時代からの天皇の一貫した確たる信念があった。昭和六十一年五月、皇太子として自らこう語られていた。
<天皇と国民との関係は、天皇が国民の象徴であるというあり方が、理想的だと思います。天皇は政治を動かす立場にはなく、伝統的に国民と苦楽を共にするという精神的立場に立っています。このことは、疫病の流行や飢饉にあたって、民生の安定を祈念する嵯峨天皇以来の写経の精神や、また「朕、民の父母となりて徳覆うこと能わず。甚だ自ら痛む」という後奈良天皇の写経の奥書などによっても表われていると思います>
この思いは天皇に即位されたときの「常に国民の幸福を願いつつ、日本国憲法を遵守し、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たす」との誓いによって、平成の御代の皇室の根幹をなす姿勢を形づくってきたのである。
※週刊ポスト2011年5月6日・13日号