若者の間で「草食化」の波が広がりつつあるのに対し、高齢者の間では、“性のアンチエイジング”が進んでいる。その背景には何があるのか?『熟年性革命報告』(文春新書)などの著書がある小林照幸氏が、最新事情をレポートする。
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特別養護老人ホームに、80代前半で入居した男性と70代後半で入居した女性がいた。どちらも配偶者を失い、数年の独居生活を経ての入所。2人とも、普段は施設内で車椅子を使用していたが、互いに好意を持った途端、それまで投げやりだったリハビリに積極的に取り組むようになった。
目的はひとつ。「車椅子から降りて、杖や手すりを使わず、2人で手をつないで施設の廊下を死ぬまでに歩きたい」というものだった。ささやかな願いが、2人の残りの人生における最大の夢となった。
1年後、ゆったりした歩調ながら、2人は一緒に廊下を歩けるようになった。その後は、互いのベッドを行き交い、抱き合い、さらに、体の動く可能な範囲での性交渉を持つようにもなる。2人にとって特養での毎日は、人生最後の恋の日々となったのだ。
こんな事例から、私は「いい年をして」という偏見を改め、「高齢者は老後の生き方の選択の一つとして、恋愛や性を“生きている証し”と捉え、愉しんでいる」のだと考えるようになった。
中高年の恋愛と性をテーマにした著作があることで、私は高齢者の方々から、自らの充実した性生活や恋愛について手紙やメールを頂く機会も多い。「家族や友人、知人にはとても話せないが、理解のある第三者ならばぜひ聞いてもらいたい」というわけである。それらの中には、配偶者同士の変わらぬ恋愛もあるが、配偶者を亡くした者同士の恋愛、あるいは不倫も少なくない。
中高年世代が恋愛や性を愉しむには、「健康である」「自由に使える金がそこそこある」「自由な時間がある」という3要素が不可欠だ。携帯電話、特に携帯メールという男女の恋愛における究極のツールの普及も大きい。
「彼女(彼)は、今の自分の生き甲斐です。生きてきて本当によかった」「家庭は壊したくない、家族も失いたくない。でも配偶者と添い遂げるのは……」と、真面目に語る人々に私は接してきた。
実は「人生最後の恋」「結婚後の初恋」という情緒的な印象もある中高年の恋愛や不倫では、「セックスが、こんなに気持ちいいものだったとは」という“発見”をしているケースが圧倒的に多い。「セックスなんて所詮、こんなもの」と諦めていた人が、年相応のセックスを愉しめるようになることで、それまでの意識を一変させるのである。
仕事や子育てから解放された安堵感は男女に共通するが、特に女性の場合は、妊娠を気にしない精神的な安心感も大きいようだ。
現在の高齢者は、「生殖のための性から情緒安定のための性」のあり方に気づき、「老いらく」を「老い楽」にしている先駆者でもある、とも私は考えている。
※SAPIO2011年5月4日・11日号