まったく新しい発想で作られた象印マホービンの炊飯器。正式な名前は、『圧力IH炊飯ジャー「極め炊き」NP-SA10』という。釜の胴まわりに、ぐるりと「羽」のような出っ張りがついているため、『極め羽釜』とも呼ばれている。これが2010年9月の発売以来、半年間で2万台を突破し、高いシェアを誇る。高級炊飯器をズラリと並べて行なわれた食味評価テストでも、他社を抑えてトップに君臨。開発メンバーである同社第一事業部の後藤譲氏は、「飯炊き仙人が炊いたご飯が、原点でした」と言う。
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食べ歩き行脚で、後藤氏は決定的に「おいしい」と思える店に遭遇した。大阪・堺の『銀シャリ屋 げこ亭』だ。
「ご飯を噛むと甘い。粒が大きく、存在感があって、美しく光っている。これがご飯の理想だ、と確信しました。じゃあ、この理想のご飯を炊くには、どんな装置が必要になるのか」
それを知るために、「飯炊き仙人」と呼ばれる店主・村嶋孟さん(80)の懐に飛び込んで、全面的な協力をとりつけた。げこ亭に機材を運びこみ、釜やかまどの形、温度変化などを徹底的に調べあげた。
通常よりも平べったい釜。強い熱が、釜に均一に伝わる、かまどの構造……。
「強い火でしかも均一に加熱すること。それが一番のポイントだとわかってきました。ただし、弊社の釜で今以上の高火力を維持した上で、均一に加熱するのは難しかった」
「羽」の発想が芽生えたのはまさしくここからだ。下からくる熱を羽の部分で受け止めれば、高火力を維持できる。その上、羽を支える部位にリング状のヒーターを付けて、横からの熱をプラスする、という奇抜なアイデアだった。
方法は見えてきたが、試行錯誤は続く。「壁」は社内にもあった。同社のこれまでの高級炊飯器の看板技術である「真空釜」の存在だ。
「真空釜は、熱を外へ伝えないことが利点です。ところが、横から直接加熱することが難しい。弊社が10年間もアピールしてきた真空釜は、いわばアイデンティティですから、それを『採用しない』という私たちの提案には、抵抗や反対の声が聞こえてきました」
だが、若きメンバーたちはたじろがない。
「おいしい米が炊ければ、どんな方法でもいいやん」
「これまでのやり方をいったん捨ててみましょう」
羽釜の長所を説得してまわり、製品化へと突き進んだ。
あわせて、炊飯時に出る、うまみ成分を豊富に含んだねばねばした液体「おねば」の泡を小さくつぶすファン「トルネード大型蒸気口」も考案。これで、高火力でも吹きこぼれない炊飯器が実現した。
プロジェクト発足から1年半。いよいよ『極め羽釜』は市場へと飛び立った。
■取材・文/山下柚実
※SAPIO2011年5月4・11日号