広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が「ゆるりと楽しめる」と勧めるのが、柳家小せんである。
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ある年代以上の方々は、「ケメ子」という流行語を生んだ柳家小せんというトボケた落語家を覚えているだろう。1960年代のテレビ演芸ブームの中、大喜利コーナーのボケ役で売れに売れた人気者だ。
「小せん」は柳家小さん一門の由緒ある名跡で、明治から大正にかけて生きた初代は「昭和の名人」たちに稽古をつけたことでも知られる。「ケメ子の小せん」は四代目で、2006年に83歳で亡くなるまで、多くの落語ファンに愛され続けた。
その「小せん」という名跡が昨年復活した。当代小せんの二ツ目時代の名は鈴々舎わか馬。1974年生まれで1997年に鈴々舎馬桜に入門し、2000年に二ツ目昇進。06年に鈴々舎馬風門下に移り、2010年の真打昇進に際して五代目柳家小せんを襲名している。
当代小せんは、二ツ目の「わか馬」時代から「上手くて面白い」落語家と評判だった。大きな名跡の継承にはとかく雑音が付きものだが、この「小せん襲名」は僕のような落語ファンから見ても極めて順当。誰もが祝福する、いい襲名だ。
小せんの持ちネタで印象的なものに『夜鷹の野ざらし』がある。古典落語『野ざらし』の後半部に、アッと驚く新演出を施したものだが、これは、交流のある推理作家・愛川晶が落語ミステリ『野ざらし死体遺棄事件』で披露したアイディアを小せんが実践したもの。
「後半はつまらないから」と前半だけで終わる演者も多い『野ざらし』を、むしろ後半のドタバタが楽しい噺に作り変えた、見事な「改作」だ。
小せんの魅力は、そういう実験的な試みも、涼しげに、さらりとやってみせるところにある。決してアグレッシブに笑いを取りにいこうとはしない。落語を「ゆるりと楽しむ」べきものと心得ている。
文字面だけ見るとブッ飛んだ台詞でも、あくまでさりげなく、ゆるりと演じる。その飄々とした魅力は、先代の小せんに通じるものがある。
「トボケた正統派」当代小せん。その名に相応しい逸材である。
※週刊ポスト2011年5月20日号