平成22年度の自殺者数、3万1690人。現在発表されている東日本大震災の犠牲者を上回る。作家の山藤章一郎氏が「自殺防止NPO」と自殺志願者のやり取りについてレポートする。
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高田馬場にも、NPO法人〈東京自殺防止センター〉がある。夜8時から朝6時までの受付で、1日平均40件の相談に乗る。スタッフ総勢100人を越す大所帯の代表者・西原由記子さんは、死ぬ人と一歩手前で引き返してくる人の違いをいう。
「電話口で彼らはいいます。『なぜ生きていなければならないんですか。死にたいんです。どうして止めるんですか』と」
たとえばある日、センターに電話が入った。男はいう。
「死ぬことに決めました。遺言だ、聞いてくれ」睡眠薬を飲んでいる。ろれつがまわらない。
「どこで死ぬおつもりですか」
「川で、近くの。いや、練炭で」
「練炭? 車のなか?」
「そうです」
練炭なら、窓を開けさせなければならない。根気よく押し問答を繰りかえした。とうとう外の雑音が受話器に伝わってきた。
「死ぬあなたをとめられないけど、どこにいるのかだけ教えてください。あなたが死んだら最後に話をした私があなたの後始末をしなければなりませんから。あなたの言葉にいま私は心を震わせています」
やがて男は少しずつ話し始める。
「××市の××寺に、お母さんが眠ってるんだ。死んだら、俺はお母さんに抱かれて眠りたいんだ」
「分かりました。そうしましょ」
「うん」
「それにしてもいまの場所を教えてくれないとお寺にもいけない」
東京近郊の××山の麓だった。
こういう時の世界的ルールがある。ふたりひと組で向かうこと。1時間と少しかかって到着した。たしかに車が停まっていた。男はいま元気で働いている。西原さんの願い。
「『死にたいし、生きたい。生きたいけど、死にたい』。ちょっとしたでこぼこで人は転びかけます。支えようと思わず出した私の手で、死から引き返してくれればと願っているのです」
※週刊ポスト2011年5月20日号