中部電力に対する菅直人・首相の浜岡原子力発電所停止要請を大メディアは「英断」と讃えた。「やらないよりまし」という消極的な支持を含めると、肯定的に受け止める声が圧倒的に多いとされる。
しかし、浜岡だけが危険で、浜岡以外はすべて安全なのか。換言すれば、浜岡だけ止めれば日本は安全になったのか。この点について、菅首相は合理的な説明を何もしていない。
5月6日の緊急会見で菅首相が強調したのは次の2点だった。
【1】「浜岡原発では、従来から活断層の上に立地する危険性などが指摘されてきた」
【2】「30年以内にマグニチュード8規模の東海地震が発生する可能性は87%と極めて切迫している」
確かに、浜岡原発は東海地震の予想震源域に立地する。だが、菅首相の「活断層の上にある」という“科学的知見”は、従来の政府見解を覆すものだ。
文部科学省の地震調査研究推進本部は全国110の断層を認定しているが、その中に「浜岡原発は含まれていない」(同事務局)としてきた。静岡地裁も浜岡原発の運転差し止め訴訟(2007年10月)で、「原子炉敷地内のH断層系はすでに固着しており、活断層ではない」と請求を棄却している。
政府の主張も地裁の判決も間違いだったと総理大臣が認めたなら大変なことだ。「トップの決断」を気取るなら、そこまで語って国民に深く謝罪しなければならなかったはずだ。
しかも、「活断層の上の原発」は、むしろ浜岡以外にある。福井県の敦賀原発の真下には「浦底断層」が走り、中国電力の島根原発では運転開始直後の1998年に活断層が発見された。原子力安全・保安院は、敦賀、美浜、大飯、伊方、もんじゅの6原発が活断層近傍(約5キロ圏内)にあると発表している。
また、ご都合主義の「発生確率」だけが信頼できる根拠だとしたら、予測されていなかった今回の震災による福島第一原発の事故には、誰も責任を取らなくてもいいことになってしまう。
原発問題を担当する細野豪志・首相補佐官は、「浜岡原発は原子炉の冷却や消火に使う水を、付近の川から取水する計画に確信が持てない」と語り、津波の被害で電源を喪失した福島第一原発を念頭に置いた説明をした。
津波が浜岡停止の理由なら、なおさらリスクは全国どの原発も同じだ。東海や東南海、南海地震の津波は三陸や関東、四国、九州の太平洋岸に大きく伝わるし、日本海で大地震が起きれば北陸の原発地帯が襲われる。
政府が本当に超法規的措置をとるほど危機を重大視しているなら、「すべての原発を停止せよ」といえたはずである。だが、仙谷由人・官房副長官は「他の原発は(大地震の確率は)10%以下とか1%以下。心配ない」と述べ、「原発は堅持する」とまで明言している。もうすでに嘘が見え隠れしているのである。
そもそも、「近いうちに東海地震が発生する」という重大危機情報を得たというならば、対応すべきは原発だけではないはずだ。東海地方の沿岸住民を速やかに高台に避難させるなり、東名高速や新幹線を止めるなり、もっと切迫した危機を回避すべきではないか。
しかし、菅首相が言及したのは浜岡原発のみ。その言葉を素直に解釈するなら、原発事故さえ食い止めれば住民は津波に呑み込まれても構わない、ということである。これのどこが英断か。
「浜岡だけ停止」の根拠は何もない。
※週刊ポスト2011年5月27日号