享年79。5月6日に旅立った官能小説界の鬼才・団鬼六氏に本誌『週刊ポスト』が90分インタビューを敢行したのは、昨年12月のことだった。「今でも忘れられへん女がおる」――団氏はそう語った。
* * *
団氏はこれまで自身の“理想の女”を小説の中で再現してきた。「長い黒髪と、和服が似合う女性やね。憂いがあって、控えめで。だけど床に入ると、自分の中の獣性を抑えきれずに身悶える」――。それでも、現実世界でそんな女性と出会う機会はほとんどなかった。
かつて、その高い理想に、限りなく近い女性がいた。団氏が「忘れられへん女」として名指しした愛人である。名はさくら。47歳年下で、出会った当時、彼女は23歳という若さだった。
さくらさんは、団氏の杉並区の自宅にほど近い、西永福の路地のキャバクラに勤める女性だった。
「店のドアを開けた瞬間、眼に入った彼女の美しさに、僕は息をのみました。場末の飲み屋に不釣り合いな、古風な気品を持った女がそこにおったんです“お前、俺の愛人になれ。面倒見てやるから”―─そう切り出すのに、時間はかかりませんでした。
とはいっても、僕はセックスが怖いし、何よりトシで勃たへんからね。こういったんです。“俺が体を要求すると思ったら大間違いや。何もせんから、ただ俺のいう通りにせい。俺と一緒に風呂に入れ”って」
この“愛人契約”をきっかけに、奇妙な三角関係が始まった。団氏には、1984年に結婚した2番目の妻・安紀子さんがいる。驚くべきことに、妻は、夫が連れてきた愛人を正面から受け入れたのである。
痩せこけた団氏に寄り添う、安紀子夫人はこういった。
「夫は物書きです。色と欲を描く作家です。世の中たくさん女性がいるんだから、外に出たら目移りするのが当たり前。そんなことぐずぐずいってたら商売になりません。それを許さないのは女の自惚れでしょう。正式に妻の座を得たなら、女はどっかり腰を下ろしていればいい」
団氏の出版パーティでは、安紀子さんが「本妻でございます」と挨拶すれば、さくらさんは「愛人でございます」と続いた。「さくらの和服姿が見たい」と願う夫のために、安紀子夫人はさくらさんを連れて呉服屋に行き、着物を見立てた。
再び、団氏がいう。
「さくらが振り袖を着たのを見て、目を疑った。僕が長年夢想する“女の原型”そのものやった。それから時にはふたりで温泉場へ出かけ、一緒に風呂に入った。湯船で乳繰りあう程度が関の山ですわ。セックスはなかったけど、さくらの恥じらう姿を愛でることが愉悦の極みでね。美しい彼女の姿に虜になりました」
※週刊ポスト2011年5月27日号