俳優の長門裕之さん(77)が5月21日、肺炎からの合併症を起こし亡くなった。長門さんは自身が出演した映画『豚と軍艦』の監督・今村昌平氏の死の直前の様子とそこから思った「言葉にならない言葉」について本誌に明かしていた。(週刊ポスト2006年7月28日号より)
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実は亡くなる少し前に、お見舞いに行ってるんだ。すでに口をきける状態ではなかったけど、奥さんが「あなた、長門さんが来てくれましたよ、わかる?」といってくれてね。で、俺の顔を見つめながら、なにか懸命に話しかけようとしているわけ。そのうち、震える手で僕を指さし、微かに口元を震わせていったのね。
【……だぞ】
そのとき、何がいいたかったのか、よくわからなかった。その言葉にならない部分が利き取れず、わからなかったんだ。でもきっと僕に演出しているのだろうな、と思ったよ。それが「お前はまだまだ、ダメだぞ」なのか「お前はよくなったぞ」なのかまでは理解できなかったけど。
でもね、言葉にならなかった言葉だからこそ、これからの僕の人生で今村さんの【……だぞ】をうまく使わせてもらおうと思っているんだ。心に残る一言というのは、実際に口にした言葉ではなくても、無言の中にも秘められていると思っているから。
自分が苦しみヘコんだときは「お前、よくやったぞ」と監督が褒めてくれたじゃないかと励ましたりしてね。難しい役柄に挑戦するときは「お前、ダメだぞ」という監督の言葉を思い出し、気持ちを奮い立たせたり。
病室での今村昌平との触れ合い。あの瞬間はつまり、監督が僕に対して最後の演出を行ったんだろうな。その最後の演出を都合よく使い、今の時代を力強く生き抜こうと思っている。
構成/佐々木徹