広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が「現代の寄席に欠かせない異色の落語家」と勧めるのが、三遊亭歌武蔵である。
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高座に現われた、大相撲の親方を思わせる風貌の落語家。深々とお辞儀をすると、彼はおもむろに「ただいまの協議についてご説明いたします」と告げ、観客はドッと笑う。いつもの寄席風景だ。
この巨漢の名は三遊亭歌武蔵。角界出身の、異色の落語家である。
力士時代の四股名は森武蔵。1968年生まれで、1983年3月に武蔵川部屋に入門。あの貴闘力(野球賭博関与で廃業した元大嶽親方)と同期だ。もっとも森武蔵はケガのため半年で廃業し、83年12月に三遊亭圓歌に入門している。真打昇進は1998年。
彼が力士を廃業したのは、落語界にとって本当にラッキーだった。なぜなら、歌武蔵は現代の寄席に欠かせない貴重な戦力だからである。
歌武蔵には、彼にしか出来ない最強の相撲ネタがある。寄席でよく演る「相撲漫談」で、通称『支度部屋外伝』。角界のタイムリーな話題を取り上げ、客席を爆笑の渦に巻き込む。今ならさしずめ技量審査場所をネタにするところだろう。
『支度部屋外伝』が面白いのは、単に彼が「相撲の専門家」だからではない。話術の上手さとセンスの良さがあるからこそ、毎回確実にウケる「鉄板ネタ」になるのだ。
上手くてセンスが良いのだから、当然、歌武蔵の落語は面白い。『子ほめ』や『たらちね』のような、基本中の基本の前座噺を演っても、必ず新鮮な笑いを提供してくれる。
※週刊ポスト2011年6月3日号