5月16日に亡くなった児玉清氏(享年77)のダンディさを表現する際、まず頭に浮かぶのはスマートなルックスと深みのある声だが、それ以上に彼を紳士たらしめていたのは、知性である。洋書を原書で読むほどの読書家として知られ、蔵書は1万冊以上といわれている。
親交のあった文芸評論家の縄田一男氏がいう。「彼は本物の教養人で、どんなジャンルの文学の話をしても必ず答えが返ってくる。たとえば、私が“藤沢周平が全作品を読んでいるのは、カロッサとシュトルム(※)だ”という話を振ると、彼は“シュトルムの『みずうみ』という悲恋を描いた作品に憧れ、モデルとなったドイツの湖に行きました”と応じる。本当に素晴らしい読書人でした」
児玉氏が読書を通じて内面を磨き続けたのには、学習院大学の独文科時代に師事した恩師、桜井和市氏(故人・元学習院大学院長)のアドバイスが大きかった。一度は学者を目指した児玉氏だが、家庭の事情から俳優へと転じた後も、彼は桜井氏から送られたこの言葉を忘れることはなかった。
「格好をつけても、ないものはない。だから中身をしっかり作っておかなければならない――」
児玉氏の膨大な蔵書は、本人の遺志により、戦時中、同氏が疎開し、その後愛し続けた群馬県の四万温泉の行政機関などに寄贈される予定という。
※ハンス・カロッサ(1878~1956)とテオドール・シュトルム(1817~1888)のこと。ともにドイツの作家。主な著作にそれぞれ『ルーマニア日記』(カロッサ)、『みずうみ』『白馬の騎手』(シュトルム)など
※週刊ポスト2011年6月3日号