東日本大震災の被災では様々な感染症の拡大が懸念されている。なかでも復興作業を阻む大きな脅威となっているのが破傷風(はしょうふう)である。
ほとんどの土壌に存在する常在菌である破傷風菌によって引き起こされる感染症だが、津波で土壌がかき回されてあちこち泥だらけになってしまった被災地では、瓦礫撤去作業中に釘を踏み抜いたり、ガラスで手を切ったりして、そこから感染する例が多い。
5月19日までに、震災に関連した発症報告として、宮城県で8件、岩手県で2件の破傷風が確認されている。だが、これはあくまで各自治体に報告されている数だ。
東北福祉大学の舩渡忠男・教授(感染制御学)は、危険の周知ができていないと危惧している。
「2004年のスマトラ島沖地震と違い、今回は瓦礫撤去作業に従事している人が多いので、破傷風の危険は高い。ただ、その危険をわからずに作業している人も多いのです。
すでに10人の発症報告がありますが、平時ならば全国で年間100例くらいですから心配な数ですね」
最近では珍しい病気になったので、その恐怖を知らない国民が増えた。が、かつては子供がドブ川で遊んでいれば、「破傷風になるぞ」と脅して家に帰らせるのが大人の常識だった。それほど怖い病気なのだ。今も世界で年間5万人が死ぬ。
発症すると筋肉がこわばり、特に口を動かすことが困難になるのが特徴で、物を食べたり、呼吸をしたりすることに支障が出る。確実な治療法は確立されていない。また、重症患者には呼吸管理などが必要で、設備の整った医療機関でなければ救命できない。被災地では、その設備も、医師も、薬剤も不足していることはいうまでもない。
致死率は約50%とされるが、80%だとする文献もあり、はっきりしない。乳幼児では、発症すれば大半が死亡するともいわれる。
「軽症で治癒したケースなどもあり、本当の致死率はよくわかっていません。検査で感染が判明しないことも多く、口が利けない、呼吸ができないという状態になって初めて破傷風だと気付くことも少なくない。
スマトラ島沖地震では100例ほど発症し、かなり多いといわれましたが、今回のペース、環境を見ると、決して安心はできません」(舩渡教授)
実際、上部機関に報告されていない発症例はかなりあるようだ。岩手県のある民宿経営者は、こんな話をする。
「友人が瓦礫の片付けをしていた時、釘を踏んだ。さして気にもとめなかったが、数日後にはズボンがパンパンになるほど足が腫れあがり、病院で破傷風と診断された。
もう一人、知り合いの奥さんはガラスで手を切って、やはり破傷風といわれた。あちこちで同じことを聞いた。みんな、片付け恐怖症に陥っている」
※週刊ポスト2011年6月3日号