東日本大震災以降の政府の迷走ぶりが示すもの、それが「リーダーシップの不在」であることに異論を唱える人はいないだろう。そうした事態の問題点の本質を、大前研一氏が解説する。
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象徴は、指揮命令系統の混乱に拍車をかけた20近くもの組織の乱立(5月9日から三つの対策本部と下部組織に再編)であり、統一地方選後に加速した「菅降ろし」の動きである。
従来は永田町の政治家が右往左往しても、水面下で霞が関の官僚がしっかり手綱を握って差配したものだが、今や霞が関のほうも昔のように天下国家を論じられる官僚はほとんどいなくなった。「政治主導」を旗印にした民主党政権の誕生が官僚の矮小化を加速し、卑屈な役人がやたらと増えている。
かつての官僚は“面従腹背”を常套手段としていた。つまり、表向きは政治家の命令に従うふりをしながら、実際には自分たちの考えを曲げない官僚が少なくなかった。ところが今は、政治家におもねるような、あるいは政治家と事を構えないような小市民的な官僚ばかりになった。
私は最近、役所に呼ばれて意見を求められる機会が多いが、そこで目にするのは、大臣の指示を驚くほど忠実に実現しようとする局長クラス以上の幹部たちである。それが出世の道だと信じ、大臣に逆らって更迭されることを恐れる姿には、国を背負って立つという気概が微塵も感じられない。
※週刊ポスト2011年6月3日号