国内

家流された被災地91歳男性「戦争も行ったが今回の方が辛い」

 ベストセラー『がんばらない』著者で、諏訪中央病院名誉院長の鎌田實氏は、5月の連休中、岩手県釜石市に入った。ここは、824人が死亡し、533人が行方不明だった。住宅の倒壊は3118棟。避難者は2117人にも及び、街には悲しみが溢れていた。以下は、鎌田氏による報告である。

 * * *
 大震災では津波などによって、老人福祉施設52施設が使用不能になった。災害弱者である施設に入所しているお年寄りの犠牲者が多かった。

 一方、たくさんの市民の命を支えた老人福祉施設もあった。その中のひとつ、釜石にある『あいぜんの里』を訪ねた。

 3・11の午後、ここには90人のお年寄りの入所者がいた。隣にあるデイサービスの利用者15人が、まず帰れなくなった。

『あいぜんの里』は、丘の上にあったので津波の難を逃れていた。その上、自家発電を持っていたので、電気が点いた。そのわずかな灯りを頼って、近隣の住民200人が避難してきた。老人施設は急きょ、自然発生的な避難所になったのだ。

 隣にあった保育園の子どもたちも帰れなくなった。保育士さんたちが子どもたちを連れて避難してきた。子どもたちの家も流され、保護者も迎えにこられなかった。認知症の人を抱えるグループホームも丘の上の施設を目指してやってきていた。

 帰れなくなったこの施設の職員50人ほどが泊まることになった。全部で350を超える避難者のために、炊き出しをして食事を出した。しかし、3日もすると米びつは空になった。すると今度は地域の人たちが米を持ち寄って来て、炊き出しに参加した。

 救援物資も届きだすと、社会福祉協議会が介護士3人を1チームにして、ボランティアを派遣してくれた。これが凄く助かった、と職員がいう。水の確保、トイレの後処理。介護が必要な人のために、4人部屋を6人で使って、急場をしのいだ。職員やスタッフもまた、被災者だった。それでも必死になってお年寄りや避難民を支えた。

 僕が訪ねた5月初旬にデイサービスが再開され、そこに来ていたお年寄りに声をかけてみた。

 91歳のチュウジさんは「戦争にも行ったけれど、今回のほうが辛い」という。チュウジさんの家も流されていた。また家が流され、障害がある夫と共に、この施設に逃げ込み、そのまま『あいぜんの里』で暮らしている夫婦もいた。体育館の避難所では夫が生活出来なかったという。

「この施設は優しくて助かっている。でもこの先、仮設住宅に当たらなかったら、どうしよう。私たちは生きていけない」不安はつきないようだ。

 85歳のアサイさんの家はお菓子の卸売りをしていた。その店も流された。それでも柔らかな笑みがあった。施設で使うタオルを畳みながらアサイさんが言った。

「なるようにしかならないのです。毎日丁寧に、みんなに感謝して生きていくだけです」

※週刊ポスト2011年6月3日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

石川県の被災地で「沈金」をご体験された佳子さま(2025年4月、石川県・輪島市。撮影/JMPA)
《インナーの胸元にはフリルで”甘さ”も》佳子さま、色味を抑えたシックなパンツスーツで石川県の被災地で「沈金」をご体験 
NEWSポストセブン
大阪・関西万博で天皇皇后両陛下を出迎えた女優の藤原紀香(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA)
《天皇皇后両陛下を出迎え》藤原紀香、万博での白ワイドパンツ&着物スタイルで見せた「梨園の妻」としての凜とした姿 
NEWSポストセブン
何が彼女を変えてしまったのか(Getty Images)
【広末涼子の歯車を狂わせた“芸能界の欲”】心身ともに疲弊した早大進学騒動、本来の自分ではなかった優等生イメージ、26年連れ添った事務所との別れ…広末ひとりの問題だったのか
週刊ポスト
2023年1月に放送スタートした「ぽかぽか」(オフィシャルサイトより)
フジテレビ『ぽかぽか』人気アイドルの大阪万博ライブが「開催中止」 番組で毎日特集していたのに…“まさか”の事態に現場はショック
NEWSポストセブン
隣の新入生とお話しされる場面も(時事通信フォト)
《悠仁さま入学の直前》筑波大学長が日本とブラジルの友好増進を図る宮中晩餐会に招待されていた 「秋篠宮夫妻との会話はあったのか?」の問いに大学側が否定した事情
週刊ポスト
新調した桜色のスーツをお召しになる雅子さま(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA)
雅子さま、万博開会式に桜色のスーツでご出席 硫黄島日帰り訪問直後の超過密日程でもにこやかな表情、お召し物はこの日に合わせて新調 
女性セブン
被害者の手柄さんの中学時代の卒業アルバム、
「『犯罪に関わっているかもしれない』と警察から電話が…」谷内寛幸容疑者(24)が起こしていた過去の“警察沙汰トラブル”【さいたま市・15歳女子高校生刺殺事件】
NEWSポストセブン
豊昇龍(撮影/JMPA)
師匠・立浪親方が語る横綱・豊昇龍「タトゥー男とどんちゃん騒ぎ」報道の真相 「相手が反社でないことは確認済み」「親しい後援者との二次会で感謝の気持ち示したのだろう」
NEWSポストセブン
「日本国際賞」の授賞式に出席された天皇皇后両陛下 (2025年4月、撮影/JMPA)
《精力的なご公務が続く》皇后雅子さまが見せられた晴れやかな笑顔 お気に入りカラーのブルーのドレスで華やかに
NEWSポストセブン
大阪・関西万博が開幕し、来場者でにぎわう会場
《大阪・関西万博“炎上スポット”のリアル》大屋根リング、大行列、未完成パビリオン…来場者が明かした賛&否 3850円えきそばには「写真と違う」と不満も
NEWSポストセブン
真美子さんと大谷(AP/アフロ、日刊スポーツ/アフロ)
《大谷翔平が見せる妻への気遣い》妊娠中の真美子さんが「ロングスカート」「ゆったりパンツ」を封印して取り入れた“新ファッション”
NEWSポストセブン
「週刊ポスト」本日発売! 高市早苗が激白「私ならトランプと……」ほか
「週刊ポスト」本日発売! 高市早苗が激白「私ならトランプと……」ほか
週刊ポスト