木製バットの生産量で7割を占める富山県南砺市では年間4万本生産している。木製バットは繊細で、樹種や削り方でボールの飛び方が変わる。その複雑さにこたえるためには、今でも人間の感覚が不可欠だという。
全国に10数人しかいないバット職人のなかで、最も経験豊富なのが定村実氏(80)である。定村氏が現在の製造所(バット製造会社「ロンウッド」)に入社したのは15歳の頃――それから現在に至るまで65年間を木工に捧げてきた。
「入社当初は茶たくなど簡単な製品を彫っていました。先代から手取り足取り教わりましたが、技術は無我夢中で盗むしかなかった。先代には“失敗を恐れるな”と教えられました」
野球中継では試合内容よりも、自分が削ったバットに集中してしまうという。
「どうかホームランを打ってくれ、とバットばかりみてしまいます。打ったときのバットの音はたまらない。ボリュームを上げて中継をみています(笑い)」
現在は機械化が進みコンピュータに長さや重さを入力すれば、バットが自動で削り出される。再現性における機械の信頼度は高い。
だが、グリップを細くして先端を急激に太くする、重心を先端に移す、といった変則的な注文に対しては、まだまだ人間の腕が勝る。
「機械社会の中でも人間のよさをみつけることが大切。野村克也さんが選手だった頃、グリップを紙1枚分細くしてほしいと依頼されました。それまでの太さに数字を合わせても、しっくりこないと。ペーパーで触る程度で調整したら、“これだ”と満足して頂けた。真面目に要望に応えることを信条に、プロの1球にかける想いを共有したいです」
※週刊ポスト2011年6月3日号