5月20日付の朝日新聞朝刊の国際面に、日本人の心をくすぐるコラムが載った。「特派員メモ お手本はあなた」と題する記事で書かれていたのは、4月27日に竜巻が襲い、死者・不明者350名以上を数えた米南部タスカルーサ(アラバマ州)の避難所の様子だ。
〈「東日本大震災の被災者がお手本」。現地で出会った多くの被災者やボランティアがそう語った〉
同記事では整然と並んで配給食を待つ避難者や、「どんな状況下でも人間は礼節と尊厳を保てると、日本人が示してくれた」という市職員のコメントを紹介した。その通りなら何とも心温まる話だし、日本人として誇らしく思う。が、実態は違っていた。タスカルーサでは被災直後から略奪が頻発し、社会不安が高まっていたのだ。
朝日の特派員氏が現地入りしたのは「5月初め」だが、すでに5月1日にはW・マドックス市長は夜間外出禁止令を発令済み。その後、市警が警戒にあたったものの略奪は収まらず、市長は州兵の出動を要請した。
辛うじて竜巻被害を逃れたD・スケルトンさん(54)は、自宅玄関に「You loot, I shoot(略奪するなら撃つぞ)」という手書きの看板を掲げた。「州兵が来るまで、ライフル片手に寝ずの番だった」と興奮気味に語った。外出禁止令が解除された10日までに略奪や暴行で22名が逮捕されたほか、州兵が被災女性に性的暴行を加えたとの噂も流れた。
人口9万3000人のタスカルーサは、アラバマ州立大学(学生数3万人)を中心とする学園都市。同大の女子学生は、「守ってくれる男も、略奪しようとする男もオオカミだった」と怯えきった声で回想した。
朝日が紹介した市職員のエリック・トンプソン氏(計画開発部シニアアドバイザー)は、理想と現実のあまりの落差に消沈したのか、本誌がコメントを求めると、「忙しいので話せない」とつれない返事。かわって同僚の女性職員が、苦笑混じりにこう語った。
「竜巻が来ようと来まいと、盗みは日常茶飯事ですよ」
※週刊ポスト2011年6月10日号