スポーツジャーナリストの安倍昌彦氏はかつて早大野球部でプレー。全国を旅して噂に聞こえた剛球投手の球を直にうけ、ミットの感触を文に認める。ついた名前が“流しのブルペンキャッチャー”。安倍氏が、今季絶好調の投手・ロッテ・唐川侑巳についてレポートする。
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唐川侑己がこうなることはわかっていた。 彼の身上は「怒り」だ。初対面は、彼が高校3年になる春の初め。センバツ出場を目前に控えて、雑誌『野球小僧』の「流しのブルペンキャッチャー」の取材をお願いした。
「あいつはね…ブルペンじゃ本気出さないんですよ」――成田高(千葉)の尾島治信監督がそっと教えてくださった。
10球、20球。
案の定、グラウンドの練習をチラチラ見ながら、うわの空で投げ始めた唐川侑己。外角いっぱいに構えたミットの、その通りに来たストレートがスッと落ちた。
「なんだ、これが『成田の唐川』のボールかい、バカヤロー!」
思わずぶつけた暴言付きのゲキ。あっという間に、長い首から上が真っ赤に変わって、それからのボールがすごかった。
この2月、千葉ロッテ・石垣島キャンプ。紅白戦を15分後に控えたブルペン。 先発・唐川侑己投手が肩を作っている。スタンド最前列。投げる彼の、ちょうど斜め前の位置に立って、ウォーミングアップをずっと眺めていた。
目に入らないわけがない。
なのに、無視するかのようにおよそ30球投げきって、マウンドへ向かうその一瞬、チラッとこちらに目を向けたその視線が痛かった。
大人のオトコになった。
「こんちわ」なんて帽子でも取ったら、また「バカヤロー」ぐらい言ってやろうと思っていたが…すっかり、闘う大人の男になっていた。ここ一番で怒りを持って闘えるマグマ。そして、それが投球動作の調和を崩さないメンタルバランス。
50を過ぎたら、蓼科あたりの高原のペンションのおやじになりたい。大きな犬がいて、静かに雪が降ってて…。そんな夢想を語って聞かせてくれた高校3年の頃の彼。 やさしくて、そして強い男。唐川侑己がこうなることは、わかっていた。
※週刊ポスト2011年6月10日号