福島第一原発の記事が氾濫しているが、記者自身が「中に入って」書かれた記事はいまだない。そんななか、ライターの鈴木智彦氏が、第一原発で作業員として働きながらレポートする。
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福島第一原発(1F)の現場では元々、誰一人として、政府が東電に作らせた事故収束までの工程表を守れると思っていない。協力企業の多くが「それぞれの会社の作業員が倍になって、奇跡的に毎日の天候が作業を阻まず、なんの事故もなく、すべてがスムースに運び、ようやくあの工程表が実現する」というのだから、間違いなく遅延するだろう。
進まぬ作業に業を煮やした政府は、1Fに限り、年間被曝線量の上限を250ミリシーベルトに引き上げた。が、これは素人丸出しの危険な数値として、現場では嘲笑され、完全無視である。東電から実務を丸投げされている二次受けメーカーはそれぞれ、100ミリ、30ミリ、18ミリなどと異なる上限を再設定した。炉心周りに強いメーカーの上限が18ミリと圧倒的に低いのも、プロならではの正当なリスク回避が理由だろう。
毎朝、緊急時対策本部が設けられている免震重要棟に集まってくる業者たちは、「やばいべ」「収まんねぇだろ」とささやきあっている。目下、火急の問題になっている高濃度汚染水がどのくらい高濃度かといえば、プールにたまっている水量を目視で確認するだけで、一瞬にして5~50ミリシーベルト被曝してしまうのだ。
政府や東電は、水素爆発当時から比べ、かなり線量が下がったと喧伝するが、敷地内のあちこちに線量が突出して高いホットスポットがある。耳タコの“想定外”に繋がる因子はあちこちにあって、作業内容によっては予想外の事態が起き、1000ミリシーベルトの実効線量を浴びても不思議ではない。
こうなれば急性障害が出て、最初に生殖機能を破壊され、次に骨髄機能がダメージを受ける可能性があるという。虎の門病院血液内科部長の谷口修一医師など、医療関係者たちが何度も自己造血幹細胞の採取と冷凍保存を呼びかけているのに、原子力安全・保安院や厚生労働省は、「必要ない」と繰り返している。
私は近々、原発作業員としては初めて造血幹細胞の採取を行なうことになった。医師からのインフォームドコンセントの際、金額は10万円と決められた。本来なら40万円程度かかるが、谷口医師らの善意によって大幅にディスカウントされたのだ。
「本来、このコストは国や東電が支払うもので、個人の負担はゼロにしたい」と谷口医師はいう。
「最初にやられるのが生殖機能で、次が血液であることは間違いない。その他、どの臓器に障害が出ても、まずは他人の造血幹細胞を移植することから治療を始めるわけで、自分の造血幹細胞があれば拒否反応を抑える免疫抑制剤を使わずに済むのだから、採取しておくメリットは計り知れない」(同前)
虎の門病院では造血幹細胞はもちろん、精子を冷凍保存する態勢も整えている。全国の病院と連携すれば、すべての作業員に対応できるという。これを大げさと考えるかどうか、いまのところすべては作業員の自己判断に委ねられている。最低、20代、30代の作業員は、子供を作る意思がなくとも、精子の冷凍保存をしておくべきだろうし、造血幹細胞も採取して欲しいと願う。
※週刊ポスト2011年6月10日号